持ってきたのは、ぼくと同じく背丈ほどの大きな魔道具。
 これが、対ドラゴン翻訳魔道具のプロトタイプだ。
 小型化にはまだ着手していなくて大きいままだけど、いずれ着手したいと思ってる。さすがにぼくの数倍する重さの魔道具は持ち運べない。キャスターをつけてて良かった。

「さて、と」

 魔道具を桟橋近くまで持っていく。
 まだ見た目も調整してないから怯えられるかも、と思っていたけど、ドラゴンはどちらかというと興味津々に魔道具を見つめていた。
 本当に自由ドラゴンだな。
 ぼくはドラゴンを見ながら微笑ましい気持ちになりつつ、魔道具に魔力をいれるためのパネルに手を置いた。
 するとすぐに魔道具が稼働を始め、少しうるさめの稼働音が鳴りはじめた。
 たぶん、これももう少し静音化しないといけないよな……

『うわ~! すっごい音!』
「だよね。音にびっくりして動物たち逃げちゃうよね」
『え…………うわ、しゃべった!!』

 ドラゴンはそう大声をあげて翼を大きく羽ばたかせた。
 普通こちら側が驚くのが定石かと思っていたけど、たしかによく考えれば知らない生き物が意思疎通を始めたらびっくりするか。

「そのための魔道具だからね」
『マドーグ? よくわからないけど、すごいね!』

 そうしてドラゴンは目をキラキラ輝かせると、機械のほうに近寄ってきた。
 子ドラゴンといってもそれなりの大きさはあったようで、遠くから見たときはそう思わなかったが、膝下くらいの大きさで師匠が飼ってる中型犬くらいの大きさはありそうだ。
 ……となると、本当に生まれて間もないドラゴンだな……

「君、名前は? ぼくはマヒリト」
『ガルブだよ!』
「ガルブか。いい名前だね、よろしく」
『へへ、そんなこと初めて言われた! よろしく!』

 気を良くしたのか、ドラゴン――ガルブに手を差し出すと、勢いよくハイタッチしてくれた。……ちょっと痛い。
 ガルブは興味津々に魔道具の周りを回り、一周するなり再び翼を羽ばたかせた。

『よくわかんないけど、すごいねこれ!』
「これを使って、いろんな生き物としゃべれるようになるのが、今のところの目標だよ。まだドラゴン族としか話せないんだ」
『じゃ、じゃあ、ママとも話せるの!?』
「うーん、たぶん?」

 首をかしげてそう答えると、『たぶん?』とガルブも首をかしげた。
 なんだかその姿が可愛らしくて、頬が緩んでしまう。

「まだまだ開発中なんだ」
『へー、カイハツチュウなんだね』

 ガルブはもう片方のほうへ再び首をかしげた。おそらくだけど、わかってなさそうだ。

「そういえば、ガルブのママはどこにいるの?」
『んー、わかんない!』
「わかんないかぁ」

 意思疎通はできるとはいえ、警戒心の薄さや大きさから察するに、まだまだ親の庇護下にいるはずの年齢のはず。
 ドラゴンは子育てする種族で、人間よりも早く独り立ちするとはいえ、さすがにこのサイズだとまだだと思う。
 たぶん、今必死で親もガルブを探してるんじゃなかろうか。

「じゃあ、なんで独りでいるの?」
『えーとね、家出!』
「あー……なんで?」
『怒られたから!!』

 想像以上に天真爛漫、自由奔放な子ドラゴンだったようだ。
 あんまり人のことを言えた義理じゃないけど、自由すぎると周りの者たちが心配するから、せめてその年での家出はやめたほうがいいと思う。
 といっても、怒られたから家出、というのは、意外にも人間だけの習性だけじゃないんだな、とほっこりする。
 今回の論文を書くにあたって、謝辞に『家出した子ドラゴン』とでも追加しておこうか。ふざけるな、と言われそうだから、書き方は考えよう。

「家出するってさ、お母さんかお父さんには言ったの?」
『ううん、言ってない! お母さんとお父さんが寝てるときに、出てきた!』

 ……おっと、雲行きが怪しくなってきたぞ。
 いや、家出なんだから、隠れて出ていくこと自体は別に変じゃない。きっとノイくんも昔はやっていたことだろう。
 だが、ぼくの立ち位置がちょっと危ないものに変わるな、これ。

「もし答えてもいいな、って思ったら答えてほしいんだけど、怒られた理由って、なに?」
『えーとね、うーんとね』

 少しの間もじもじとするガルブ。
 ちらちらとこちらを見上げては、さっと視線を逸らしていたが、何度か往復したのち『お母さんたちに言わない?』と聞いてきた。

「うん、言わない」
『絶対? 絶対絶対!?』
「うん、約束だ」
『わかった……じゃあ、言うね』

 ガルブはそう言うとぼくのもとまでやってきて、まるで誰にも聞かれないように、翼を口元で覆う。
 なのでぼくもその場に腰を下ろし、耳をガルブの口に寄せた。

『お母さんもお父さんも、すっごいカホゴってやつなんだよ!』
「なるほどね……」

 うーん、雲行きは怪しくなるばかりだな。