とある世界の、とある国。
 遠くに青々とした山が臨めて、そして黄金色の作物が辺り一面に広がる上に、ぽつんと島が浮かんでいる。
 風に吹かれてゆっくりと、山のほうへ移動するその島はそれなりの大きさで、大きな家が数軒建てられるほど大きい。
 そんな島の端っこには船を泊める桟橋のようなものがあり、ぼくは空中に足をぶらつかせて座っていた。

「あー……、良い天気だなぁ……」

 今日のぼくは、空島に乗って魔法特務機関のある島からずっと北に行った、雪深い山脈へ向かっていた。
 本当は今日、魔法特務機関で行われる重大な会議があったらしいけど、僕がいたところで回る会議だから、いつも通り不参加だ。

 魔法特務機関というのは、この平和な国で魔法を研究し追求することに専念した研究機関。
 ぼくがまだ他国にいて、白髪と紫色だからと家族から迫害されていたときに師匠に拾われ、そのまま師匠についていくままに機関にやってきた。
 だから、実質第二の我が家と言っても差し支えないかもしれない。

 そんなことを思っていると、空島に向かってハヤブサが飛んでくるのが見えた。
 首元に緑色の首輪をつけたハヤブサは、ぼくを視認するなりスピードを落とし、空島の桟橋に華麗に着地した。
 そして口を開けるなり――

『マヒリト先輩! 今日はいったいどちらにいるんですか!!!』

 若い男の人の声が、ハヤブサの喉奥から聞こえてきた。
 彼の名前は、ノイくん。そしてハヤブサはノイジュニアくん。
 ぼくの後輩にあたる人で、昨年魔法特務機関にやってきた、超エリートくんだ。
 なんでも、この国で一番頭がいい大学を次席で卒業したんだとか。
 慌てた様子のノイくんを落ち着かせるように、ぼくはいまの状況を説明することにした。

「これからドーニッヒ山脈に行くところだよ」
『ドーニッヒ山脈!? めちゃくちゃ寒いところじゃないですか。ちゃんと暖房器具とか持っていってます!?』
「もちろんだよ。体を温める魔法も使えるし、魔力が生成できなくなったときようの器具も持ってきてる」
『それはよかった……って、違う!』

 なんだか、ノイくんがヒートアップしてきた。

『今日、重大な会議があるって、俺言いましたよね!! それをサボって何をしてるんですがあんたは!』
「この世には、自分がいなくても回る会議よりも、自分がいないと発明されない魔法っていうのがあるものなんだよ」
『……今日発明しようとしている魔法は?』
「動物と話してみたいな、って思って」
『まったく、この魔法特務機関一の自由人が……! あんたがいないと嫌味を言われるのは俺なんすよ!』
「えへへ、ごめんごめん」

 ノイジュニアくんの喉奥から、ため息が聞こえてくる。
 でも、今までもこうやって重大な会議をすっぽかしてきた経験からすると、今日の会議もとくにすっぽかしたところで何も起こりはしない。
 あとで反省文を書かされるだけだ。それも魔法で書いちゃうけど。

「ちゃんと、成果は持って帰るから、安心して」
『あんたねぇ……そうは言っても』
「あ、そろそろ気候帯が変わりそう。ノイジュニアくんの行動推奨範囲から外れちゃうから、そろそろ帰すね」
『おい、ちょっ、あんた――』

 ノイくんがまだ何か言っていたが、ぼくはノイジュニアくんのくちばしをきゅっと閉じると、彼の体をそっと持ち上げ、空島からひょいっと投げた。
 ノイジュニアくんは大きな翼を広げて飛び立ち、すぐに見えないところまで離れてしまった。
 いつもノイくんには面倒を見てもらって、お偉方たちの小言を一手に引き受けてもらっているから、今日も何かお返しの論文とか作らないとな。
 何せ、筋金入りの魔法ジャンキーだから。

 桟橋の上に立ち上がり、うーんと体を伸ばす。
 少し気温は下がってきたが、ドーニッヒ山脈まではまだまだ距離がある。今は涼しいくらいの気温だが、ここから20度、下手すると30度くらい下がるらしいし、いまのうちに魔法の用意でもしておこう。
 そうして空島の中央にある、大きな広場へ向かう。
 空島の中央には大きな金属製のごつごつしたポールがあり、それに向かって魔力を込めると、空島全体を覆う空気の膜が出来上がる仕組みになっていた。
 この魔道具は、ぼくが空島を引き継いで真っ先に作ったもので、意外にも重宝している。
 魔道具とは魔法を埋め込んだ機械のことで、何かしらの手段で魔力さえ入れれば、どんな人でも魔法が使えるようになる優れものだ。

「……よし、これでオーケー」

 ドーニッヒ山脈みたいに、吹雪かつ気温が低すぎるところだとたまに効果が減るけど、それでも魔法特務機関のローブまできっちり着込んでいれば普通に過ごせる程度の温度を確保してくれる。
 少し必要とする魔力が多いのと、頻繫なメンテナンスが必要な魔道具だからまだ世には出せないけど、いつかもっと使いやすくなったら、世にばらまこう。

「さて、と。あとの時間どうしようかな」

 一応空島に建てた小屋に研究のためのアトリエはあるし、いま自分が研究している魔法についての書きかけの論文も持ってきたし、すでに完成した魔法を魔道具にするための材料も持ってきた。
 だが、なんかそんな気分じゃない。
 お昼寝しようにも、先ほどまで良い天気だった空は、北に行くにつれ曇がかってきてしまったし、海の上に出ちゃったものだから下を見ても何もない。

 この空島にはいまのところ最低限のものしか置いていない。
 研究のためのアトリエに、温度調節のための魔道具、そして薬草なんかを育てている小規模な庭や小さなドラゴンに…………

「ん?」

 ぐるっと空島を見回していたが、見慣れないものを発見して、視線を戻す。

「なんで、ドラゴンがここに?」

 ぼくの視線は、先ほどまで座っていた桟橋に釘付けになる。
 なんと両手くらいの大きさのドラゴンが、桟橋で羽を休ませていた。
 基本的に、ドラゴンは人前には滅多に顔を出さないし、人間もドラゴンが生息する地域には滅多に立ち入らない。なにせじっとしていたら普通に天に召されるようなところに棲んでいるから。

「しかも、かなり幼いドラゴンだ」
『ギャォオ!』

 ぼくの独り言を聞き取ったのかドラゴンは鳴き声をあげるが、こちらを警戒する素振りはなく、なんなら桟橋の上で昼寝しようとしている様子。
 子ドラゴンは親にそれは大事に育てられるから、一匹でいることはかなり珍しい。
 それゆえ人見知りで警戒心も強いはずなんだが……ふむ、結構自由人なんだな。ドラゴンだから、自由ドラゴン?
 とはいえこれはいいチャンスだ。

「魔道具、試してみるか」

 ぼくはアトリエに駆け込み、とある機械を持ってくることにした。