桜月夜に、言葉よりも強く君を抱き締めて。

 みんな忙しいんだから僕の誕生日会なんて毎年やらなくていいのに……。
 あ、違う。
 僕が芸能事務所セブンスターファクトリー、通称セブファクに所属していた看板女優・咲良菜緒の息子だから祝ってくれるだけか。
 けど、宮永さんに会うのは久しぶりだから嬉しい。
 僕は玄関の扉を開ける前に分厚いレンズの大きな眼鏡を装着した。

 「侑、優陽いってらっしゃい。気をつけてね」
 「母さん。行ってくるよ」
 「美織さん。行ってきます」

 僕とたっちゃんは美織さんに見送られて七嶋(しちじま)家を後にした。

 「今日は時間ないから優陽もチャリで行こう」
 「うん、いいよ。たっちゃん」

 自転車通学の届は出しているものの僕はいつも徒歩30分の道のりを歩いて高校に通っていた。
 基本部活で忙しいたっちゃんは常に自転車で通学している。
 バスもあるけれど、通勤通学時間帯に混んでいるのと直線距離から考えると、路線図で遠回りになってどしゃ降りの日以外は使っていない。
 抜けるような青空と春の穏やかな陽気の中、たっちゃんに続いて自転車をこぐ。
 二人とも電動自転車だから上り坂だって快適だ。
 華澄学園高等学校は芸術総合コースと一般進学コースからなる私立高校。
 芸術総合コースには芸能活動をしているアイドル、歌手、タレント、俳優が多く在籍していて華やかな雰囲気がある。
 一般進学コースとは校舎が別であるものの行事は一緒。
 今日の始業式も同じ体育館で行われる予定だ。
 僕とたっちゃんは一般進学コースに在籍している。
 たっちゃんは父親が芸能事務所セブファクの社長、母親の美織さんが元女優という身の上であって、自分も恵まれた容顔を持っていながら芸能界に一切興味を持つことはなかった。
 芸術総合コースといえば、

 『――嘘だろ。咲良菜緒……が居る……』

 僕の誕生日に夜桜の下で出会した一条琉唯が2学年に在籍している。
 恐らく現在、芸術総合コースに通っている生徒の中で大衆に一番知名度があり、一番売れているのが一条琉唯だ。
 僕の素顔を見られている。
 見られたうえで咲良菜緒だと言われている。
 一抹の不安が頭を過ぎったけれど……。
 ――ま、大丈夫か。
 同じ学年とはいえ芸術総合コースとは接点が少ない。
 生まれつき胡桃(くるみ)色の髪はあえて寝ぐせを直さず、顔の大半を分厚いレンズの大きな眼鏡で覆っている。
 陸上部で活躍し一般人だとしても華々しく目立つたっちゃんとは違って、僕はクラスメイトに印象が薄くて覚えられていないか、地味ながり勉メガネくらいにしか思われていない。
 たっちゃん以外に話せる人もいないし……。
 電動自転車だと10分とかからず華澄高に到着する。
 自転車置き場に自転車を止めて、たっちゃんと昇降口を目指す。

 「今年こそ優陽と同じクラスがいい」
 「たっちゃん文系選択したんでしょ。僕は理系だから、絶対に違うと思うけど」
 「あ、そっか! 優陽とクラス違うのは確定なのか」

 1年の時、僕は3組でたっちゃんは4組だった。
 ぼっちの僕と違って、たっちゃんはクラスの中心に居るタイプ。
 決して目立ちたがりなわけではなく、たっちゃんには自然と人が集まってそうなってしまう。
 幼稚園の時からそうだった。

 「残念。修学旅行で優陽と同じ班になりたかった。自由行動の時は一緒に回ろうな」
 「11月の話だよね。まだ先過ぎて考えられないよ」
 「すぐだって」

 修学旅行なんて行きたくない。
 どうせ班決めの時に、あぶれた僕をどこの班にいれるかで気まずい空気がクラスに流れるのは今から目に見えている。
 昇降口の前にはクラス割の紙が貼り出されていて、その前には生徒たちが群集となってどよめきながらチェックしていた。
 クラス替えは2年進級時だけで卒業まで同じクラスメイトと過ごすことになる。
 だから今回のクラス割は今後の高校生活を左右するといっても過言ではない。
 どっちにしろ僕は一人だから、何組でもいいやと余り興味をもてなかった。
 各学年1クラスだけの芸術総合コースはクラス割とは関係がない。

 「俺、1組だった。優陽は?」
 「僕は5組だったよ」
 「クラス結構、優陽と離れたな。寂しい」

 ストレートにそう言ってくれるたっちゃん。

 「学校のクラスが違ったって、普通にたっちゃんとは同じ家で暮らしているし」
 「ま、そうだけどさ」
 「おーい! 七嶋ー!」
 「俺ら、みんな1組で同じクラスだった」

 たっちゃんはあっという間に陽キャそうな3人の男子生徒に囲まれた。
 きっと陸上部で一緒の人たちなんだろう。

 「え、マジ?! よろしくな」
 「おー。楽しくなりそうだよな、1組」