桜月夜に、言葉よりも強く君を抱き締めて。

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 ノアさんに軟禁状態にされた僕を琉唯が助けに来てくれたあの日。
 琉唯は生放送の映画の宣伝の仕事を体調不良でキャンセルしていたと知ったのはネットニュースでだった。
 ニュースについたコメントでは琉唯の体調不良を心配する声や事務所が琉唯を働かせ過ぎてるのではないかって声が多かった。
 ただ中には売れてるから天狗になりだしたとか、生で見たことあるけど感じ悪かったとか真偽不明な意見もある。
 どれだけ好感度の高いタレントでも100%支持されることはありえない。
 琉唯はそういう世界に身を置いている。
 ――まさか、僕を助けるために琉唯は仕事をキャンセルしたのか……。
 まさかじゃなくて、きっとそうだ。
 あの日の前日、僕は夏休みだけど、部活で学校に来ていた。
 夕方、下校しようと思ったら、ノアさんの取り巻きの男たちに無理やり車に乗せられて……。
 あの部屋に軟禁されることになってしまった。
 とは言え、拘束されるとかそういったことはなく、ご飯も寝床も用意され、ホテルライクで不自由を強いられたわけではないものの、いつ帰れるのか、これからどうなるのか不安で怖くてたまらなかった……。
 眼鏡を外され、僕の素顔を見たノアさんは数秒黙り込んで、

 『これじゃ琉唯が夢中になるわけよね。早めに手を打っておくことにして正解だったわ』

 と、ひとりごとのように呟き、見張りの男の人たちに任せて夜のうちに居なくなってしまった。

 『女よりもかわいいじゃん。手を出しちゃう?』
 『ばか。隠しカメラ回ってるって。滝川ノアに筒抜けになるだろ』

 男たちの話し声が聞こえてきて、余計に怖くなって。
 奥のベッドのある洋室に鍵をかけて閉じこもった。
 ノアさんに命じられて美織さんに外泊のメッセージを送ってから、僕のスマホは男の一人が持っていて、誰にも連絡できない。
 僕の分厚いレンズの大きな眼鏡も男たちの近くのテレビ台の前のリビングテーブルに置かれていて取りに行けない。
 部屋を出てお手洗いに行く時もびくびくしながら行って。
 そんな僕の反応が面白いのか、

 『そんなに怯えなくても、とって食ったりしないって』
 『かわいい顔してるよね、ほんっと。この子だったら男でもイけそう』

 男たちにからかわれて、余計に居心地が悪くなった。

 ――琉唯。お願い、助けて……!

 なぜか繰り返し脳裏に浮かぶのは琉唯の顔だけ。
 しばらく琉唯に会っていないことも寂しくてたまらなかった。
 ノアさんが僕を軟禁してるってことは琉唯がらみとしか考えられないけれど。
 そうじゃなくても、琉唯にそばにいてほしくて仕方ない……。
 だから、琉唯が僕を呼ぶ声が聞こえてきて。
 最初は琉唯のことを考え過ぎて幻聴かと思ったのに、本当に助けに来てくれたんだってわかった時、考えるより先に琉唯の胸に飛び込んでいた。
 張り詰めていた分だけ、心が緩んで、このままでいさせてほしいなんて琉唯に甘えてしまった。
 琉唯は僕の気が済むまで抱き締めていてくれたけれど、まさか琉唯の仕事がキャンセルされていたなんて……。
 琉唯が気になってメッセージを送っても既読はつかないし、向こうからは何の連絡もない。
 夏休み中ということもあって、学校での動向もわからない。
 ただあの日に封切られた琉唯が主演の映画は観客動員が好調なようで興行成績ランキング初登場一位を記録していた。
 夏休みシーズンに仕事を詰められて、琉唯が忙しくしているんだろうっていうのはわかってる。
 でも、それとは別で僕は琉唯に避けられている……。
 僕のメッセージだけで埋まっていく琉唯とのトーク画面を見ながら嘆息した。
 カレンダーはとっくに8月になっていて、蝉が生きた証を刻むようにけたたましく鳴いている。
 特に夏休みらしい予定もないまま、映像研究部の部室で映画鑑賞したり、勉強したり……そんな変わり映えのない日々を過ごしていた。
 ――琉唯に会いたい……。
 日に日に、ううん1秒ごとに想いが募って、どうしようもなく胸の辺りが苦しくて。
 夕方に部活を終わらせ、廊下に出て映像研究部の部室に鍵をかけようとした時、

 「あ……、琉唯!!」

 偶然なのかアネックス館の廊下を歩いていた琉唯の後ろ姿を見つけて、僕はその背中に声をかけていた。
 琉唯はゆったりとした動きで振り返る。
 無表情な琉唯は顔が整っている分だけ冷たく感じられて……。
 胸がびくついたのを隠して、鍵をかける前に琉唯に駆け寄った。

 「えっと、あの……久しぶりだね」

 何を話したらいいのかわからなくなって、無難な言葉しか出ない。
 僕を歓迎されていないのが丸わかりだったから。

 「補講か何かで琉唯も学校に来てた?」

 近づいても琉唯と目が合わない。
 琉唯に露骨(ろこつ)に逸らされ続けているから。
 いつもと違う琉唯の態度に声が震えそうなくらい緊張してしまう。

 「僕まだちゃんとお礼が言えてなくて、あの日……」
 「――俺はもう映像研究部の部室には行かない」
 「……え?」
 「優陽のスマホに登録されてる俺の連絡先も消しといて。ま、消さなくても優陽はブロックしてあるけど」

 ブロック……?
 それって連絡拒否みたいなこと?
 だから既読もつかないし、琉唯からの連絡もなかったってことで……。

 「いきなり、どうして……?」
 「何か、優陽と居るの飽きた。俺は仕事で忙しいし、もう俺は優陽に関わらないから安心しな」

 目すら合わせてくれないまま、琉唯は素気無く言った。

 「何で琉唯はそんなに演技が下手なの?」
 「は?」

 役者の仕事に矜持を持っている琉唯なだけあって、演技が下手だと言われるのは不快だろう。
 だから、あえてその言葉を遣った。
 やっと琉唯が僕と目を合わせてくれている。

 「琉唯は受賞するくらい実力のある俳優でも私生活では演技が下手すぎるよ。僕を突き離したい理由があるんだよね?」
 「だから優陽に飽きたって言っただろ。それ以外にねぇよ」
 「ノアさんに何か言われたりした?」