***
「自分が何をしたのかわかっているんだろうな。琉唯」
その日、街が夜に沈み始めた頃合いのシムプロダクションの本社ビルの会議室の一つ。
俺はシムプロの取締役の一人に叱責を受けていた。
「仕事を放りだすとはプロ失格だ。今回は映画告知のゲスト出演だけだったからごまかせたものの、共演者にも迷惑をかけたし、テレビ局からの”一条琉唯”ブランドの評価に多少の傷がついたのは間違いない」
「――申し訳ありませんでした」
「琉唯の役者としてのプロ意識と演技力は買っているが、それ以外のところで足を掬われたら元も子もないぞ」
「……はい」
あれから七嶋に連絡をして、優陽を任せた。
俺のスマホには蝶野さん始め、関係者から恐ろしいほどの着信が残されていた。
俺が不在の間にシムプロの要職者がテレビ局の関係者と映画の関係者に謝罪へ向かってくれたおかげで、俺の急な体調不良として事なきをえたらしい。
シムプロがこれまで長年かけて築いてきたテレビ局との信頼関係のおかげもあるだろう。
ただ俺は大勢の人間に迷惑をかけ、信用を落としたのは間違いなく、俺を迎えに来た蝶野さんは顔面蒼白で、シムプロの事務所の一室に呼び出されていた。
会議室には俺は叱り続けるシムプロの取締役以外にも、蝶野さんと滝川社長も居た。
「明日は舞台挨拶だから、監督や共演している方々には誠心誠意をもって直接謝罪しなさい。琉唯には期待している」
「わかりました」
今回は特に俺への処分はなかったものの、大勢の人間に迷惑をかけてしまった罪悪感が消えることはなく、気道に何かが詰まったように息苦しい感覚が残り続けていた。
「――琉唯」
ずっと沈黙を守っていた滝川社長が口を開いた。
「私は琉唯が理由もなしに今回のような行動をとるとは思えない。理由があったとしても何の説明もなしに仕事を抜け出すのは許されることではないが……」
「……」
「お前は誰かと電話した後に、慌てて楽屋を飛び出したと聞いている。何か事情があったのか?」
滝川社長の怜悧な眼差しが俺を真っ直ぐに貫く。
上背があって、上質なスーツを着熟す滝川社長は俳優だと言っても過言ではないルックスからは俺には出せない年齢を重ねた大人の色気が漂っている。
まだ滝川社長にも事務所にも恩義に報いることが出来ていないのに、この有り様だった。
それでもなお、俺を信頼してくれている滝川社長に負い目を感じた。
「――いえ。何も言い訳することはありません。ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」
滝川社長に一礼をして、俺は蝶野さんと会議室を後にした。
「長かったのね。お説教?」
会議室の前で待っていたのか、腕組みをして廊下に背を預けていたノアに出迎えられる。
「生放送、放り出しちゃうなんてね。俳優は演技だけやってればいいってものでもないのに……」
わざとらしく笑みを作って、腕に抱き着いてくるノアに辟易した。
ノアに触られるのも不快感でしかなくなっている。
その時、会議室から滝川社長と取締役が退室してくる。
取締役でさえ、ノアには一度立ち止まって一礼してから、その場を去っていった。
「ノア、来てたのか?」
「うん、パパ。琉唯が心配になって会いにきたの。一条琉唯が体調不良で生放送を欠席したって、いくつかネットニュースにもなってたわ」
「ノアが大人の事情に首をつっこんでくるんじゃない」
「ノアは18歳になっているから大人なの。それに琉唯だって未成年でしょ」
俺に腕を絡めたまま滝川社長に話すノア。
「琉唯はこれからは”余計なこと”に気を取られずに、お仕事頑張るみたいだから、大目に見てあげてね。パパ」
ノアはそう言いながら俺に聞かせている。
――もう優陽に関わらないと俺に約束させたことを。
「ノアに言われなくても、琉唯にペナルティを与えるつもりはない。今後の仕事で償ってもらう。それに琉唯は状況を理解出来ている」
「そうよね、パパ。琉唯はちゃーんと理解してるもんね」
ノアに上目で確認されて、歯噛みした。
ちゃんと頭では理解できている。
――俺がどうするべきか……。
けど、胸の痛みの主張が強くて苦しい。
「優陽には二度と関わらない。本人にも伝える」
「楽しみにしてるわね、琉唯」
俺は滝川社長に一礼して、くっついてくるノアを振り払うこともせず、そのまま廊下を歩き出した。
「自分が何をしたのかわかっているんだろうな。琉唯」
その日、街が夜に沈み始めた頃合いのシムプロダクションの本社ビルの会議室の一つ。
俺はシムプロの取締役の一人に叱責を受けていた。
「仕事を放りだすとはプロ失格だ。今回は映画告知のゲスト出演だけだったからごまかせたものの、共演者にも迷惑をかけたし、テレビ局からの”一条琉唯”ブランドの評価に多少の傷がついたのは間違いない」
「――申し訳ありませんでした」
「琉唯の役者としてのプロ意識と演技力は買っているが、それ以外のところで足を掬われたら元も子もないぞ」
「……はい」
あれから七嶋に連絡をして、優陽を任せた。
俺のスマホには蝶野さん始め、関係者から恐ろしいほどの着信が残されていた。
俺が不在の間にシムプロの要職者がテレビ局の関係者と映画の関係者に謝罪へ向かってくれたおかげで、俺の急な体調不良として事なきをえたらしい。
シムプロがこれまで長年かけて築いてきたテレビ局との信頼関係のおかげもあるだろう。
ただ俺は大勢の人間に迷惑をかけ、信用を落としたのは間違いなく、俺を迎えに来た蝶野さんは顔面蒼白で、シムプロの事務所の一室に呼び出されていた。
会議室には俺は叱り続けるシムプロの取締役以外にも、蝶野さんと滝川社長も居た。
「明日は舞台挨拶だから、監督や共演している方々には誠心誠意をもって直接謝罪しなさい。琉唯には期待している」
「わかりました」
今回は特に俺への処分はなかったものの、大勢の人間に迷惑をかけてしまった罪悪感が消えることはなく、気道に何かが詰まったように息苦しい感覚が残り続けていた。
「――琉唯」
ずっと沈黙を守っていた滝川社長が口を開いた。
「私は琉唯が理由もなしに今回のような行動をとるとは思えない。理由があったとしても何の説明もなしに仕事を抜け出すのは許されることではないが……」
「……」
「お前は誰かと電話した後に、慌てて楽屋を飛び出したと聞いている。何か事情があったのか?」
滝川社長の怜悧な眼差しが俺を真っ直ぐに貫く。
上背があって、上質なスーツを着熟す滝川社長は俳優だと言っても過言ではないルックスからは俺には出せない年齢を重ねた大人の色気が漂っている。
まだ滝川社長にも事務所にも恩義に報いることが出来ていないのに、この有り様だった。
それでもなお、俺を信頼してくれている滝川社長に負い目を感じた。
「――いえ。何も言い訳することはありません。ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」
滝川社長に一礼をして、俺は蝶野さんと会議室を後にした。
「長かったのね。お説教?」
会議室の前で待っていたのか、腕組みをして廊下に背を預けていたノアに出迎えられる。
「生放送、放り出しちゃうなんてね。俳優は演技だけやってればいいってものでもないのに……」
わざとらしく笑みを作って、腕に抱き着いてくるノアに辟易した。
ノアに触られるのも不快感でしかなくなっている。
その時、会議室から滝川社長と取締役が退室してくる。
取締役でさえ、ノアには一度立ち止まって一礼してから、その場を去っていった。
「ノア、来てたのか?」
「うん、パパ。琉唯が心配になって会いにきたの。一条琉唯が体調不良で生放送を欠席したって、いくつかネットニュースにもなってたわ」
「ノアが大人の事情に首をつっこんでくるんじゃない」
「ノアは18歳になっているから大人なの。それに琉唯だって未成年でしょ」
俺に腕を絡めたまま滝川社長に話すノア。
「琉唯はこれからは”余計なこと”に気を取られずに、お仕事頑張るみたいだから、大目に見てあげてね。パパ」
ノアはそう言いながら俺に聞かせている。
――もう優陽に関わらないと俺に約束させたことを。
「ノアに言われなくても、琉唯にペナルティを与えるつもりはない。今後の仕事で償ってもらう。それに琉唯は状況を理解出来ている」
「そうよね、パパ。琉唯はちゃーんと理解してるもんね」
ノアに上目で確認されて、歯噛みした。
ちゃんと頭では理解できている。
――俺がどうするべきか……。
けど、胸の痛みの主張が強くて苦しい。
「優陽には二度と関わらない。本人にも伝える」
「楽しみにしてるわね、琉唯」
俺は滝川社長に一礼して、くっついてくるノアを振り払うこともせず、そのまま廊下を歩き出した。



