***
夜、寝る前に優陽の声が聞きたくてどうしようもなくなって。
電話をかけようかと思ってやめておいた。
――優陽の声を聞いたら、直接会いたくなりすぎて我慢できる自信がない。
明日は電波ジャックのごとく、映画のPRで生放送の情報番組に出演し続ける。
生放送は未だに全く慣れないし、今現在の自分の姿や声がそのまま電波を使って流されるかと思うと、撮影とは別の緊張があった。
明朝4時に蝶野さんが迎えにくることになっている。
――優陽のことを考えるだけで、どんなラブストーリーだって演じることが出来そうだ。
夢にさえ出て来てくれない優陽を想いながら眠りについた。
『今日もみなさん良い一日をお過ごしください。言ってらっしゃーい』
早朝の情報番組のスタジオで映画の宣伝をして、エンディングにも出演してカメラに手を振った。
別スタジオの次の番組への出演時間まで楽屋で休憩をとる。
今日は監督や宮永さんたち共演者の映画チームやスタッフと共同楽屋だった。
ほぼ連日顔を合わせているメンバーだけあって不仲で空気が悪いわけではなく、それぞれがマイペースにリラックスして過ごしている。
軽食系を用意してくれてあるものの、下手に物を食べると生放送の出演中に眠くなりそうで胃に入れるのはプロテインドリンクに留めていた。
「一条くん。スマホ鳴ってるっぽいよ」
楽屋の化粧前に置いておいた俺のスマホの画面に気づいて、宮永さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
宮永さんは俺のスマホの画面にもう一度視線を落として、顔色が変わった。
そんな宮永さんの様子が気にはなったものの、俺もスマホを持ち上げ着信相手を見て驚く。
絶対に電話なんてかかってこないであろうと思っていた人物。
――七嶋侑。
「すみません。少し電話に出ます」
楽屋の隅に移動して、通話ボタンを押す。
気持ち小声で応答した。
『一条。お前、昨晩から優陽と一緒じゃないよな?』
七嶋の声色から焦りを感じるのと、出てきた名前に心臓を直に握られたような嫌な感覚が走る。
「優陽とは、しばらく会ってねぇよ」
『そうか。そうだよな……』
わざわざ電話を七嶋がかけてきているということは、優陽に何かあったということだろう。
心臓が早鐘を打ち始める。
気を抜いたらスマホが手から滑り落ちそうだった。
『俺が優陽と一緒に住んでることは知ってるよな?』
「ムカつくけど知ってる。優陽に教えてもらったわけじゃねぇけど」
『昨日、優陽が部活で学校に行っていたらしいんだけど、俺の母さんに[友だちの家に泊まる]ってメッセージが入ってから一晩帰ってきていない』
「本当に友だちの家に泊まってるってことは?」
『優陽に友だちがいると思うか?』
「……思わない」
『考えられるとしたら一条しかいないと思ったんだけど』
「……俺じゃねぇよ」
『そもそも優陽は律儀だから、夕食不要の連絡は全て母さんに電話してきてたらしい。昨日に限ってメッセージで来てたし、優陽が外泊なんて今までなかったから母さんも不思議に思ったらしくて』
「何者かに書かされてる可能性があるってことか……」
頭に過ぎった人物は一人しかいない。
『杞憂で済めばいいけど、優陽には全く連絡つかないし、既読すらつかないから、さすがに心配になって』
「――何かわかったら連絡して。俺もする」
『おい、一条……』
七嶋が何か言いかけたのを待たずに電話を切って、俺はスマホの連絡先からノアの名前を探して電話をかけた。
『琉唯、お仕事お疲れさま。朝のテレビ見てたわ。今日は情報番組はしごして映画のPRするんでしょ? 大変ね』
ノアは普段通りの態度で俺の電話に出た。
「優陽がどこに居るか知ってるよな?」
『うん。知ってる』
何てことないといった素振りが余計にノアの歪さを物語っていた。
『別に、”まだ”何もしてないわよ。ちゃんと、ふかふかな寝床だって用意してあげてるし、お風呂だってご飯だって用意されているわ。快適なはずよ』
「ふざけるなよ。それ誘拐だろ?」
『同意があれば誘拐じゃないでしょ? それよりも驚いちゃった。桜庭優陽って地味で冴えないヤツだと思ってたのに、とんでもなく綺麗な顔立ちしてるのね』
ノアの声に背筋が凍りつく。
『しかも、咲良菜緒にそっくりじゃない。琉唯は桜庭優陽のあの顔に骨抜きにされたとか?』
「やめてくれ、マジで……」
『ノアに隠しておきたいわけよね。あんな稀少価値のありそうな男の子……』
「――優陽に何した?」
自分でもゾッとするくらいの低音が唇から零れた。
電話越しでもノアが怯んだのがわかる。
『言ったでしょ? “まだ”何もしてないって。ノアね、性的嗜好は個人の好き好きでいいと思ってるの』
「これから優陽をどうするつもりだよ」
『桜庭優陽の居場所ね、逃げないように男2人にみはらせてるの』
「は?」
『今はノアが命令して見張らせてるだけで済んでるけど、解除したら何されちゃうのかしら? それはノアにはわからないけど』
「マジでやめろよ。それって……」
『桜庭優陽がその男たちに何をされたとしてもノアの知ったところじゃないし。琉唯は今から生放送が続くんでしょ? あんな男一人、気にしなければいいわ』
「ふざけんなよ!」
俺の怒声に楽屋内の時間が止まったようにみんなが固まっていた。
それに構わず、俺は抑えきれない憤怒に駆られながら続けた。
「ノア。優陽の居場所を教えてくれ。頼む……」
『琉唯が今後二度と桜庭優陽に関わらないって約束するなら教えてあげる』
一瞬、判断に迷った。
けど、優陽の安全には変えられない。
「……わかった。約束する。だから優陽には手を出すな」
電話口でノアが数秒、無言になる。
『……S駅直結のマンション。ノアの使ってる部屋、琉唯に合鍵、渡してるからわかるでしょ?』
あれは滝川家の会長が所有している高級マンションの一室。
芸能人も多く住んでいる。
ほぼノアの私室のようになっていて、俺も何度か呼び出されたことがある。
俺はスマホを握ったまま、楽屋を飛び出した。
「琉唯くん! そろそろ本番だよ。どこに行く気?」
背中で蝶野さんの声を聞く。
スタッフが行き交う廊下を走り、エレベーターを降りて、テレビ局に設置されているタクシー乗り場へと進み出る。
乗り込んだタクシーの運転手にマンションの場所を告げると、静かに走りだした。
夜、寝る前に優陽の声が聞きたくてどうしようもなくなって。
電話をかけようかと思ってやめておいた。
――優陽の声を聞いたら、直接会いたくなりすぎて我慢できる自信がない。
明日は電波ジャックのごとく、映画のPRで生放送の情報番組に出演し続ける。
生放送は未だに全く慣れないし、今現在の自分の姿や声がそのまま電波を使って流されるかと思うと、撮影とは別の緊張があった。
明朝4時に蝶野さんが迎えにくることになっている。
――優陽のことを考えるだけで、どんなラブストーリーだって演じることが出来そうだ。
夢にさえ出て来てくれない優陽を想いながら眠りについた。
『今日もみなさん良い一日をお過ごしください。言ってらっしゃーい』
早朝の情報番組のスタジオで映画の宣伝をして、エンディングにも出演してカメラに手を振った。
別スタジオの次の番組への出演時間まで楽屋で休憩をとる。
今日は監督や宮永さんたち共演者の映画チームやスタッフと共同楽屋だった。
ほぼ連日顔を合わせているメンバーだけあって不仲で空気が悪いわけではなく、それぞれがマイペースにリラックスして過ごしている。
軽食系を用意してくれてあるものの、下手に物を食べると生放送の出演中に眠くなりそうで胃に入れるのはプロテインドリンクに留めていた。
「一条くん。スマホ鳴ってるっぽいよ」
楽屋の化粧前に置いておいた俺のスマホの画面に気づいて、宮永さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
宮永さんは俺のスマホの画面にもう一度視線を落として、顔色が変わった。
そんな宮永さんの様子が気にはなったものの、俺もスマホを持ち上げ着信相手を見て驚く。
絶対に電話なんてかかってこないであろうと思っていた人物。
――七嶋侑。
「すみません。少し電話に出ます」
楽屋の隅に移動して、通話ボタンを押す。
気持ち小声で応答した。
『一条。お前、昨晩から優陽と一緒じゃないよな?』
七嶋の声色から焦りを感じるのと、出てきた名前に心臓を直に握られたような嫌な感覚が走る。
「優陽とは、しばらく会ってねぇよ」
『そうか。そうだよな……』
わざわざ電話を七嶋がかけてきているということは、優陽に何かあったということだろう。
心臓が早鐘を打ち始める。
気を抜いたらスマホが手から滑り落ちそうだった。
『俺が優陽と一緒に住んでることは知ってるよな?』
「ムカつくけど知ってる。優陽に教えてもらったわけじゃねぇけど」
『昨日、優陽が部活で学校に行っていたらしいんだけど、俺の母さんに[友だちの家に泊まる]ってメッセージが入ってから一晩帰ってきていない』
「本当に友だちの家に泊まってるってことは?」
『優陽に友だちがいると思うか?』
「……思わない」
『考えられるとしたら一条しかいないと思ったんだけど』
「……俺じゃねぇよ」
『そもそも優陽は律儀だから、夕食不要の連絡は全て母さんに電話してきてたらしい。昨日に限ってメッセージで来てたし、優陽が外泊なんて今までなかったから母さんも不思議に思ったらしくて』
「何者かに書かされてる可能性があるってことか……」
頭に過ぎった人物は一人しかいない。
『杞憂で済めばいいけど、優陽には全く連絡つかないし、既読すらつかないから、さすがに心配になって』
「――何かわかったら連絡して。俺もする」
『おい、一条……』
七嶋が何か言いかけたのを待たずに電話を切って、俺はスマホの連絡先からノアの名前を探して電話をかけた。
『琉唯、お仕事お疲れさま。朝のテレビ見てたわ。今日は情報番組はしごして映画のPRするんでしょ? 大変ね』
ノアは普段通りの態度で俺の電話に出た。
「優陽がどこに居るか知ってるよな?」
『うん。知ってる』
何てことないといった素振りが余計にノアの歪さを物語っていた。
『別に、”まだ”何もしてないわよ。ちゃんと、ふかふかな寝床だって用意してあげてるし、お風呂だってご飯だって用意されているわ。快適なはずよ』
「ふざけるなよ。それ誘拐だろ?」
『同意があれば誘拐じゃないでしょ? それよりも驚いちゃった。桜庭優陽って地味で冴えないヤツだと思ってたのに、とんでもなく綺麗な顔立ちしてるのね』
ノアの声に背筋が凍りつく。
『しかも、咲良菜緒にそっくりじゃない。琉唯は桜庭優陽のあの顔に骨抜きにされたとか?』
「やめてくれ、マジで……」
『ノアに隠しておきたいわけよね。あんな稀少価値のありそうな男の子……』
「――優陽に何した?」
自分でもゾッとするくらいの低音が唇から零れた。
電話越しでもノアが怯んだのがわかる。
『言ったでしょ? “まだ”何もしてないって。ノアね、性的嗜好は個人の好き好きでいいと思ってるの』
「これから優陽をどうするつもりだよ」
『桜庭優陽の居場所ね、逃げないように男2人にみはらせてるの』
「は?」
『今はノアが命令して見張らせてるだけで済んでるけど、解除したら何されちゃうのかしら? それはノアにはわからないけど』
「マジでやめろよ。それって……」
『桜庭優陽がその男たちに何をされたとしてもノアの知ったところじゃないし。琉唯は今から生放送が続くんでしょ? あんな男一人、気にしなければいいわ』
「ふざけんなよ!」
俺の怒声に楽屋内の時間が止まったようにみんなが固まっていた。
それに構わず、俺は抑えきれない憤怒に駆られながら続けた。
「ノア。優陽の居場所を教えてくれ。頼む……」
『琉唯が今後二度と桜庭優陽に関わらないって約束するなら教えてあげる』
一瞬、判断に迷った。
けど、優陽の安全には変えられない。
「……わかった。約束する。だから優陽には手を出すな」
電話口でノアが数秒、無言になる。
『……S駅直結のマンション。ノアの使ってる部屋、琉唯に合鍵、渡してるからわかるでしょ?』
あれは滝川家の会長が所有している高級マンションの一室。
芸能人も多く住んでいる。
ほぼノアの私室のようになっていて、俺も何度か呼び出されたことがある。
俺はスマホを握ったまま、楽屋を飛び出した。
「琉唯くん! そろそろ本番だよ。どこに行く気?」
背中で蝶野さんの声を聞く。
スタッフが行き交う廊下を走り、エレベーターを降りて、テレビ局に設置されているタクシー乗り場へと進み出る。
乗り込んだタクシーの運転手にマンションの場所を告げると、静かに走りだした。



