桜月夜に、言葉よりも強く君を抱き締めて。

 仮に親類だとしても、ここまで似るのかと思うくらい、優陽の顔立ちは咲良菜緒とよく似ていた。
 顔のパーツが全て似ているだけではなく、配置までほぼ同じ。
 きめ細やかな白い肌に胡桃色の髪も。
 授賞式で咲良菜緒がスピーチしている映像を見たことがあるけれど、喋り始める時に0.5秒ほどの間が空いて、ほんの少し首を傾げる癖でさえも。
 それでも優陽は優陽で、相似と言えるほどでも咲良菜緒とはまた別だった。
 高2にしては驚くくらい純真で、何にも染まっていない真っ新な雰囲気だとか、
 優陽の髪や頬に触れると、優陽が反応しながら照れてくれるのがかわいくて、もっとしたくなることだとか、
 生真面目なほど優等生を貫こうと勉強を頑張っているところも、
 いつも何かに怯えているような儚さも、それに耐えているような芯の強さも……。
 恐ろしいほど優陽に心ごと埋め尽くされて、歯止めが利かなかった。
 優陽は俺の話をしっかり聞いてくれたり、俺が勉強で質問したことに一生懸命応えてくれても、自分自身のことは話さない。
 自己評価が低くて、どこか常に息苦しそうで、本心から笑っている感じがしない。
 ――優陽の全てを知りたい。
 こんなにも特定の一人を知りたいと欲したことは今までになかった。

 七嶋侑と優陽が二人で親密そうにしている現場を見てしまった時、嫉妬の感情が暴走して、映像研究部の部室で優陽を身体から自分のものにしようとしたことがあった。
 優陽の唇を無理やり奪って、舌が絡まり合うだけで背筋がゾクゾクするほどの快感に支配された。

 『琉唯……、んっ……』

 優陽の声と吐息が俺の名前を呼んで鼓膜を揺らすだけで、濡れた目が俺を映すだけで、優陽の弱々しい拒絶が余計に俺の情欲に火をつけて。
 ノアに学校で(さか)る趣味はないなんて言っておきながら、部室で優陽に欲情しきって理性を飛ばしそうになった。
 あの時、優陽が本気で泣きださなかったら、俺は正気に戻れずにあのまま優陽を傷つけていたのではないか……と思うとゾッとする。
 それからは自重するために優陽と少し距離を取った。
 俺は身体だけじゃなくて、心もまるごと全て優陽がほしい。
 優陽を好きになって、ノアとセックスをすることにますます嫌悪感が芽生えた。
 ノアにつっこんでおきながら、俺は優陽にも同じことをするつもりなのかと吐き気がする。
 父さんが倒れて、病院まで優陽に付き添ってもらった時、ノアに優陽の存在を知られたことに焦りを覚えた。
 優陽のことは自分だけの秘密にしておきたかっただけではなく、ノアには絶対に知られたくなかった。
 ノアは女王様のように振る舞っていても、観察眼に長けている。
 日本三大芸能事務所であるシムプロの創業者一族。
 ノア本人はその特権意識を最大限に活かしているが、その分ノアを利用してやろうとする人間も大勢近づいてくる。
 だからこそ他人をよく見ていた。
 優陽のことは友だちだと伝えたけれど、ノアは察しているだろう。
 俺にとって優陽は友だちの枠に全く収まりきっていない特別な存在だと……。
 あの後、ノアは何度も俺の身体をせがんだ。
 その珍しいノアの不安定さが優陽の存在を脅威に感じているんだと語っているようで。
 余計に俺も胸騒ぎが止まらなくなった。
 父さんの状態だって不安定で、充分な治療を受けさせようと思えば、これからも多額の支出が見込まれる。
 まだシムプロにも恩返しも出来ていない。
 優陽から勉強を教えてもらうようになってから、俺は大学に行きたいとも思い始めていた。
 芸能界しか世間を知らないのではなく、もっと色々な見識を広げれば、きっと今後演じる役にも反映できるし、演技に深みも出せる。
 何より「顔だけ」だと揶揄され、死に物狂いで演技力を身につけて、やっと俳優として軌道に乗ってきた。
 様々な役のオファーを受けて作品ごとに挑戦できる今の環境に苦労も制約も多いけど、やりがいを感じていた。
 俺がノアを突き放せば、まず事務所には居られないだろう。
 それか仕事を回されずに飼い殺しで干されるか。
 これまで努力してきて、やっと掴みかけてきている俳優の道が泡沫に消える。
 ――けれど、優陽を諦めきれない。
 初めて俺の手で大切にしたくて守ってやりたくて、俺の弱みも見せられる唯一の人……。
 俺はどうすればいいのだろう……?
 緊急手術を受けた翌日、病室で眠る父さんがまたやつれたのを見て、葛藤が深まった。
 ――優陽に会いたい……。
 恐らく俺の動向をノアに警戒されている。
 今、映像研究部の部室に行けば、優陽との秘密の場所さえも露呈する可能性があった。
 それでも、ただ優陽の顔が見たい。
 自分がこんなに恋愛に弱いタイプだと知らなかった。
 恋愛じゃなくて、たぶん優陽に溺れてる。
 久しぶりに華澄高の教室に登校して早々に廊下が騒がしくなった。

 「いや、君は一般進学コースの生徒でしょ? ここには近づいてはいけないって知ってるよね?」

 警備員がアネックス館の芸術総合コースの教室付近に近づいた一般の生徒に注意をしているのだろう。
 さして珍しくもない光景で俺は自席に座って、また遅れた分の勉強を取り戻そうと教科書を開いていた。

 「一条琉唯と話したい。登校しているかだけでも確認させてほしい。それか七嶋侑が話したがっているって一条琉唯に伝言だけでも頼みたい」

 耳に飛び込んだ潔いほど堂々とした男の声に俺の動きが止まる。
 七嶋侑……”たっちゃん”が俺に会いに来ている?

 「芸術総合コースの生徒は一切、面会等は受け付けてないんで本校舎に戻りなさい」

 警備員は自分の仕事を全うしてくれているのだろう。

 「――もういいよ。ありがとう」

 俺は教室から廊下に出て、騒ぎの根源に近づいて警備員に声をかけた。
 警備員に進行を阻止されていた男子生徒。
 まさか俺が直々に出向くと思わなかったのか、廊下で成り行きを見守っていた芸術総合コースの生徒たちがざわめいたのを肌で感じ取った。
 ――こいつが”たっちゃん”か……。
 七嶋侑は警備員の肩越しで、俺へと挑むように睨みつけてきた。