琉唯は振り向いて僕に伝える。
口許にカーブを描いていたけれど、さっきまでとは別の意味で琉唯の瞳には憂いを含ませていた。
「――だめ。琉唯はノアの車で一緒に帰るの」
ノアさんは琉唯の腕に自分の両腕を巻き付けて抱き着くような姿勢をとった。
琉唯は自分の所有物であると主張するように。
「そういうわけにもいかないだろ」
「――どうして? もう今日は仕事ないんでしょ? その子は蝶野に送ってもらえばいいじゃない。家の場所どこ?」
ノアさんが僕を目で制圧してくる。
「……渋谷区ですけど」
「事務所と方向が同じだから、ちょうどいいじゃない。ねぇ、蝶野。この子送ってあげて」
琉唯は今ここでノアさんに逆らうのは僕にも害を被ると思ったのだろう。
僕に自分のスマホを指で弾く仕草をする。
――無事に帰宅したら連絡しろって意味だろう。
僕は蝶野さんに送られることになって、琉唯とノアさんより先に病院を後にする。
もう20時を過ぎているから当然のように外は暗闇に覆われていた。
「喋りかけてもいい?」
蝶野さんの運転する後部座席に乗車してから10分程度経ち、蝶野さんから声がかかる。
僕の自宅の場所を教えてしまってもいいのか躊躇していたら、
「大丈夫。カーナビの検索履歴消しとくから。それに家の中に入るのを見届けないと気が済まないのはマネージャーの職業病かな」
と、人好きする笑顔で言われた。
琉唯が僕を任せるくらいだから信用している人なのだろう。
僕から蝶野さんに会話を振るのもと思って黙っていたのだけれど。
「もちろん大丈夫です」
僕に……というより、琉唯に遠慮していたのか、仕事の一貫で車を走らせているだけだから僕に話しかけてはいけないと思ったのか、蝶野さんは事前に僕の許可を得てきた。
「高二になったくらいからかな。琉唯くん高校に通うの楽しそうで。なるべく学業を優先出来るようスケジュールも調整してほしいって頼まれたんだ」
「……そうなんですか」
「とは言っても琉唯くん売れっ子だからスケジュール詰まってて、難しいんだけどね」
高二になったくらいって、僕と出会った頃と重なる。
僕の16歳の誕生日、狂い咲いているような夜桜の下で僕は琉唯に見つかった。
「最初は仕事のオファーがあるうちに詰めれるだけスケジュール詰めてほしいって言ってたんだけどね。学校は高卒の資格とれるならどこでもいいなんて言ってたし。今日わかったと思うけど、琉唯くんは自分がお父さんを支えないとって気持ちが強いんだよね。僕が言うのもなんだけど、琉唯くんは若いのに立派だなと思うよ」
それは僕も思う。
芸能界は先の保証など何ひとつない場所だと、頼政さんが話していたことがある。
華やかに見えるかもしれないけど不安定で、瞬発力も持久力も必要なのが芸能界。
走り続けなければ仕事はなくなる。
そんな世界で琉唯は一人で気を張って頑張っているんだなって。
「琉唯くんって、責任感が強い分、少し危ういっていうか……。自分の気持ちを後回しにして“俳優・一条琉唯“を優先して無理してるんじゃないかって心配になることもあったんだけど、君がいてくれてホッとした」
「僕……ですか?」
「今日まで仕事で大阪に滞在してたんだ。午前中で仕事は終わったから、帰京する前に琉唯くんはお土産買いに行きたいって言ってたから行く予定だったの。けど、お父さんが倒れたって連絡が入って、予定早めて、すぐに新幹線で戻ることになったから結局買いに行けなかったんだけど」
それってもしかして僕に聞いていた大阪土産のことだろうか?
琉唯、約束覚えていてくれてたんだ……。
「品川駅に到着して、車で病院に直行しようとしたら、琉唯くんが一緒に連れていきたい子が居るから華澄高に寄ってほしいって言ってきて、驚いたんだよね。で、乗ってきたのが君だったってわけ。”ゆうひ”って名前で合ってる?」
「あ、はい。失礼しました。僕、自己紹介もしないままで……。華澄高校2年生の桜庭優陽です。僕は一般進学コースで琉唯とはコースが違うんですけど。蝶野さんは琉唯のマネージャーだって名前だけは聞いてました」
「謝らないでよ。あの雰囲気で僕たちが自己紹介しあう感じじゃなかったもんね」
ハンドルを握っている蝶野さんが苦笑いで答える。
「二人がどういう関係なのかは聞かないけど、不安な時に傍にいてほしいと思える人間ってことは、よっぽど君は琉唯くんが信用して心を開いている相手なんだろうなとは思ってたよ」
「そうでしょうか……」
「そうだって。しかも傍に居てほしいって思うだけじゃなくて、素直に呼び出せる相手って、なかなか限られるよ。そういう子が琉唯くんに居てくれて良かった」
蝶野さんは業務上だけじゃなくて、琉唯のことを考えてくれているんだ。
僕のほうこそ琉唯に信用のおけるマネージャーがついてくれていることに安心できた。
頼政さんも所属タレントのことを現場以外でも近況を心配したりしている。
家族とも、単に職場仲間とも違う不思議な関係だ。
「誤解を招かないように念のため言っておくけど、僕は彼氏と同棲しているから琉唯くんにマネージャー以上の気持ちはないよ」
「……え?」
「僕は男の人と付き合ってるの。彼氏は美容師で大学時代から付き合ってるんだ。最近はすれ違いばかりなんだけど……って僕の私生活の話を優陽くんにしてたら怒られるか」
さらっと僕に打ち明けられた蝶野さんの恋愛事情。
蝶野さんに同性の恋人が居ると言われたけど、すんなり受け入れている自分がいる。
男の人の恋愛対象が男だってことを普通に納得できるほど何の偏見もないってことを自分でも初めて知った。
琉唯は今ノアさんと何してるんだろう……?
琉唯とノアさんのことを考えると不快感が占めてきてモヤモヤが止まらなくなる。
余り考えないようにしたいのに……。
琉唯が僕を求めてくれてるのもわかってるんだ。
でも、それは僕が咲良菜緒に似ていて代わりだからで……。
逡巡する考えを遮断したくて目を閉じたら、いつの間にか蝶野さんの運転する車内で眠っていた。
口許にカーブを描いていたけれど、さっきまでとは別の意味で琉唯の瞳には憂いを含ませていた。
「――だめ。琉唯はノアの車で一緒に帰るの」
ノアさんは琉唯の腕に自分の両腕を巻き付けて抱き着くような姿勢をとった。
琉唯は自分の所有物であると主張するように。
「そういうわけにもいかないだろ」
「――どうして? もう今日は仕事ないんでしょ? その子は蝶野に送ってもらえばいいじゃない。家の場所どこ?」
ノアさんが僕を目で制圧してくる。
「……渋谷区ですけど」
「事務所と方向が同じだから、ちょうどいいじゃない。ねぇ、蝶野。この子送ってあげて」
琉唯は今ここでノアさんに逆らうのは僕にも害を被ると思ったのだろう。
僕に自分のスマホを指で弾く仕草をする。
――無事に帰宅したら連絡しろって意味だろう。
僕は蝶野さんに送られることになって、琉唯とノアさんより先に病院を後にする。
もう20時を過ぎているから当然のように外は暗闇に覆われていた。
「喋りかけてもいい?」
蝶野さんの運転する後部座席に乗車してから10分程度経ち、蝶野さんから声がかかる。
僕の自宅の場所を教えてしまってもいいのか躊躇していたら、
「大丈夫。カーナビの検索履歴消しとくから。それに家の中に入るのを見届けないと気が済まないのはマネージャーの職業病かな」
と、人好きする笑顔で言われた。
琉唯が僕を任せるくらいだから信用している人なのだろう。
僕から蝶野さんに会話を振るのもと思って黙っていたのだけれど。
「もちろん大丈夫です」
僕に……というより、琉唯に遠慮していたのか、仕事の一貫で車を走らせているだけだから僕に話しかけてはいけないと思ったのか、蝶野さんは事前に僕の許可を得てきた。
「高二になったくらいからかな。琉唯くん高校に通うの楽しそうで。なるべく学業を優先出来るようスケジュールも調整してほしいって頼まれたんだ」
「……そうなんですか」
「とは言っても琉唯くん売れっ子だからスケジュール詰まってて、難しいんだけどね」
高二になったくらいって、僕と出会った頃と重なる。
僕の16歳の誕生日、狂い咲いているような夜桜の下で僕は琉唯に見つかった。
「最初は仕事のオファーがあるうちに詰めれるだけスケジュール詰めてほしいって言ってたんだけどね。学校は高卒の資格とれるならどこでもいいなんて言ってたし。今日わかったと思うけど、琉唯くんは自分がお父さんを支えないとって気持ちが強いんだよね。僕が言うのもなんだけど、琉唯くんは若いのに立派だなと思うよ」
それは僕も思う。
芸能界は先の保証など何ひとつない場所だと、頼政さんが話していたことがある。
華やかに見えるかもしれないけど不安定で、瞬発力も持久力も必要なのが芸能界。
走り続けなければ仕事はなくなる。
そんな世界で琉唯は一人で気を張って頑張っているんだなって。
「琉唯くんって、責任感が強い分、少し危ういっていうか……。自分の気持ちを後回しにして“俳優・一条琉唯“を優先して無理してるんじゃないかって心配になることもあったんだけど、君がいてくれてホッとした」
「僕……ですか?」
「今日まで仕事で大阪に滞在してたんだ。午前中で仕事は終わったから、帰京する前に琉唯くんはお土産買いに行きたいって言ってたから行く予定だったの。けど、お父さんが倒れたって連絡が入って、予定早めて、すぐに新幹線で戻ることになったから結局買いに行けなかったんだけど」
それってもしかして僕に聞いていた大阪土産のことだろうか?
琉唯、約束覚えていてくれてたんだ……。
「品川駅に到着して、車で病院に直行しようとしたら、琉唯くんが一緒に連れていきたい子が居るから華澄高に寄ってほしいって言ってきて、驚いたんだよね。で、乗ってきたのが君だったってわけ。”ゆうひ”って名前で合ってる?」
「あ、はい。失礼しました。僕、自己紹介もしないままで……。華澄高校2年生の桜庭優陽です。僕は一般進学コースで琉唯とはコースが違うんですけど。蝶野さんは琉唯のマネージャーだって名前だけは聞いてました」
「謝らないでよ。あの雰囲気で僕たちが自己紹介しあう感じじゃなかったもんね」
ハンドルを握っている蝶野さんが苦笑いで答える。
「二人がどういう関係なのかは聞かないけど、不安な時に傍にいてほしいと思える人間ってことは、よっぽど君は琉唯くんが信用して心を開いている相手なんだろうなとは思ってたよ」
「そうでしょうか……」
「そうだって。しかも傍に居てほしいって思うだけじゃなくて、素直に呼び出せる相手って、なかなか限られるよ。そういう子が琉唯くんに居てくれて良かった」
蝶野さんは業務上だけじゃなくて、琉唯のことを考えてくれているんだ。
僕のほうこそ琉唯に信用のおけるマネージャーがついてくれていることに安心できた。
頼政さんも所属タレントのことを現場以外でも近況を心配したりしている。
家族とも、単に職場仲間とも違う不思議な関係だ。
「誤解を招かないように念のため言っておくけど、僕は彼氏と同棲しているから琉唯くんにマネージャー以上の気持ちはないよ」
「……え?」
「僕は男の人と付き合ってるの。彼氏は美容師で大学時代から付き合ってるんだ。最近はすれ違いばかりなんだけど……って僕の私生活の話を優陽くんにしてたら怒られるか」
さらっと僕に打ち明けられた蝶野さんの恋愛事情。
蝶野さんに同性の恋人が居ると言われたけど、すんなり受け入れている自分がいる。
男の人の恋愛対象が男だってことを普通に納得できるほど何の偏見もないってことを自分でも初めて知った。
琉唯は今ノアさんと何してるんだろう……?
琉唯とノアさんのことを考えると不快感が占めてきてモヤモヤが止まらなくなる。
余り考えないようにしたいのに……。
琉唯が僕を求めてくれてるのもわかってるんだ。
でも、それは僕が咲良菜緒に似ていて代わりだからで……。
逡巡する考えを遮断したくて目を閉じたら、いつの間にか蝶野さんの運転する車内で眠っていた。



