桜月夜に、言葉よりも強く君を抱き締めて。

 それは琉唯に教えてもらっている。
 最初は演技が全く出来なくて顔だけだと揶揄されたと。
 端役のオーディションすら通らず、血のにじむような努力を重ねて演技力を身につけたと。

 『ただ今まで数多く見てきた新人の中でトップクラスに根性は据わってました』
 『何が何でも、この世界でのし上がってやろうっていう気概を琉唯から感じました』

 シムプロの滝川社長も所属したばかりの琉唯に、そう感じたと言っていた。
 琉唯が芸能界で成功を目指したのは、唯一の肉親になった病気の父親のため……。

 「医療費や介護施設への入所代、手術も何度か受けているから綺麗ごとじゃなく金がかかる。俺は今は事務所が用意してくれた都心のマンションで一人暮らししているけど、ゆくゆくはまた父さんと暮らしたい」

 琉唯が背負ってきたものの重さ。
 小学校4年生で家族の責任を一人で負って自分がどうにかしなくてはと気負い立った琉唯を思うと、どう表現したらいいのかわからないほど複雑な気持ちになる。
 絶対に不可能なのに、当時小学生だった琉唯を抱きしめてあげたくなった。

 『この仕事してるのも金目当てってだけ』

 出会ったばかりの頃、琉唯はどんな気持ちであの台詞を僕に言ったのだろう。
 いつも父親のために気を張って、琉唯は厳しい世界で一人で戦っていて……。

 『優陽が俺を癒してよ』

 僕の前でだけ少し弱さを見せてくれる。
 僕には何の力もないけれど、そんな琉唯を全て受け止めてあげたいと……。
 初めての感情に翻弄されっぱなしだ。

 「優陽……?」
 「僕、琉唯が落ち着くまで傍に居るから」

 琉唯と繋がれた手と反対側の手で琉唯の頬に触れる。
 琉唯にはよく触れられていたけど、自分から琉唯を触ったのは初めてだった。
 そのせいか琉唯の目が”驚いた”と伝えてきた後、水分の含有量が増した気がした。

 「――ありがとう。優陽」

 顔を見られたくないのか、甘えたいのか、琉唯は僕の肩口へと埋めるように(ひたい)を寄せてくる。
 少しでも安心してもらいたくて、琉唯の頭を撫でた。
 寝ぐせ知らずで髪の一本一本までさらっとしていて上質なのが触り心地ですらわかる。
 メンズラインのシャンプーや整髪料のCMにも起用されていた。

 「――一条さん。お父様のオペ無事に終わりましたよ」

 看護師の女性から声をかけられて、琉唯はハッとしたように顔を上げた。
 看護師さんは琉唯を安心させるように柔らかく微笑みを作る。

 「容体は安定しています。今日は面会できませんが、安心して大丈夫ですよ。しばらくはこちらの病院に入院になりますが、諸手続きは明日以降に施設の職員の方が済ませてくれると思います」
 「――ありがとうございました」

 琉唯は立ち上がり、仰々しく頭を下げる。
 僕も一緒に立ち上がりながら、琉唯のお父さんが無事だったことに一安心していた。
 知らず知らずのうちに気を張っていたのか、僕もはぁっと大きく息を吐き出す。
 看護師さんが立ち去ると、

 「――良かった……」

 琉唯は僕の腰を抱き寄せてきて、耳元でささやくような低い震え声を落とした。
 それは琉唯がいかに張り詰めていたのか僕にもわかるほどで。

 「――父さんが死んだら、俺は一人になるのかと思った……」

 続いた琉唯の言葉に「僕が居るよ……」とそう伝えたかったのに、

 「琉唯!!」

 と、女性の高い声に先を越される。
 その声の主がすぐにわかったのか、琉唯は反射的に僕から距離をとった。

 「――ノア……」

 たった今、ここに着いたのか滝川ノアさんが僕たちに歩み寄ってくる。
 その少し後ろには蝶野さんが続いていた。

 「琉唯のお父さん。命に別状はなかったようで安心したわ」

 そう言いながら、ノアさんの視線は琉唯の隣の僕へと遠慮なしに注がれていた。
 スタイルの良さを前面に押し出すようなショートパンツにクロップドトップスでピアスが飾るおへそが見えている。
 遠目で見ても迫力のある美人だと思っていたけれど、近くだとなおさら。
 目線の配り方だけで気の強さと逆らえない空気を放出していた。
 琉唯もノアさんが僕を気にしているのがわかったのだろう。
 自分の背後へと僕を隠すように腕を引いた。

 「――ありがとう、ノア。来てくれたんだ」
 「蝶野が連絡くれていたの。ねぇ、その華澄高(うち)の高校の制服を着た男は誰なの?」
 「……普通に友だち。悪いな、付き合わせて。これ以上、遅くなると困るだろうから送っていく」