桜月夜に、言葉よりも強く君を抱き締めて。

 琉唯にソファーへと押し倒され、僕の背中がソファーの柔らかい感触を拾う。
 両方の手首を琉唯の強い力で押さえつけられた。

 「一応、抵抗しておく?」
 「……何、言って……」
 「――ま、無駄だけど」

 琉唯が覆いかぶさってくるのと同時に深く唇を奪われる。
 濡れた音が響く真昼間の明度の高い映像研究部の部室。
 ただ琉唯に翻弄されるだけで対処方法が見つからずにいた。
 せめて暗幕さえ引かせてくれれば余り僕を見られなくて済むのに……。

 「んっ……琉唯……」
 「優陽はまっさらすぎて、俺の手でぐっちゃぐちゃに汚してやりたくなる」

 琉唯は僕のうなじや首筋に吸い付きながら、何度もキスを落としてきた。

 「そしたら優陽は俺にどんな顔見せてくれんの?」

 制服のポロシャツの裾から琉唯の手が入り込んでくる。
 普段はさらされないウエストの辺りを琉唯の熱を帯びた手に撫でられるだけで、ビクッと身体がしなった。

 「やめ……」
 「さっきから感度いいよな」

 琉唯に冷笑されて、僕の視界がもっとぼやける。

 「従順だし、――そんなんだと俺に本気で抱かれるよ?」

 無理やりキスしておきながら、
 抵抗したって無駄だと言いながら、
 強引に僕を組み敷きながら、
 琉唯は怒っているくせに、どこか僕を気遣っているのがわかる。
 だから琉唯が僕をどうしようとしているのか気になって流されてしまうような形になって……。

 「男を抱いたことなんてねぇけど」
 「……」
 「優陽はあいつに抱かれてんの?」
 「たっちゃんとは、こんなことするわけ……」
 「――その、たっちゃんって響きだけで死ぬほどイラつく」
 「あっ……」

 噛みつかれるように首筋を強く吸い上げられる。

 「――本気で抵抗しろよ」
 「僕が抵抗したら、琉唯はやめてくれる?」
 「ん。無理」

 琉唯は飽きることがないのか、わざとリップ音を鳴らしてキスをした後に再び舌を割り入れてきた。
 怖くないわけないのに、この先を知りたい。
 琉唯が僕をどうしようとしているのか知りたい。
 琉唯が僕としたいことを知りたい。

 「ほんっと優陽は咲良菜緒に似てるよな」

 琉唯が余裕のないような吐息混じりの声を放つ。
 その瞬間どこかぼんやりしていた頭が急に氷水をかけられたように覚醒した。
 ――違う。
 琉唯に求められているのは僕じゃなかった。
 咲良菜緒に似ている僕を琉唯は独占したいだけ……。
 僕が咲良菜緒の代わりだから、たっちゃんに嫉妬しただけ。
 琉唯の熱に浮かされた自分がばかみたいだ。
 僕を求めてくれているだとか、気遣ってくれているだとか、また勘違いしそうになっていた。

 「……うぅっ……」

 一気に涙が溢れ出て、喉から声が零れる。
 勝手に身体が震えてきて、泣いている目元を隠すように両手を据えた。

 「……優陽……」
 「っく、ひっく……うっ」

 子どもみたいに声を上げて泣いてみっともない。
 思えば琉唯と初めて会った時も僕は泣き濡れるくらい涙を流していた。

 「――怖がらせたよな。ごめん」

 ソファーに押し倒されている僕に体重を預けるように琉唯は僕の耳元で少し掠れた低い声で囁き、頭を撫でてきた。
 感じる琉唯の重みが不思議と嫌じゃなくて。
 頭を撫でる手つきが優しくて、ますます僕は涙が止まらなくなっていた。

 「――本当に悪かった。優陽」

 どうして琉唯が今にも泣きそうな声を出すんだろう。
 怖かったから泣いてるんじゃないんだと。
 琉唯が咲良菜緒を通して僕を見ているのが苦しいのだと。
 咲良菜緒の代わりにされているのがつらいのだと。
 たっちゃんとの関係だって琉唯に誤解されるようなものでは少しもない。
 でも、咲良菜緒の隠し子だって僕が打ち明けることは許されなくて。
 ちゃんと説明したいのに、僕は琉唯に伝えられないことばかりで、言葉の代わりに涙ばかり生み出された。
 まるで小さな子どもをなだめるように、琉唯はずっと「ごめん」と僕に謝りながら髪を撫でていた。