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高2に進級して2週間も経てば、完全に桜は散ってしまった。
ただ地面には散った桜の花びらが泥まみれで点在していて、満開の時期にはあんなに人が見上げて感嘆していたのに散ってしまえば見向きもされないことに物悲しさが募る。
生徒たちも新しいクラスや新しい時間割にも慣れてきて、すっかり平常運転だった。
僕は新しいクラスメイトとも、入学した一年生たちとも関わることはなく淡々と高校生活を送っていた。
ただ、僕は委員会決めでクラスメイトに推薦されてクラス委員になってしまった。
推薦といっても、名誉あるものではなく、
『桜庭くんが1番ガリ勉……成績も優秀ですし、ぼっちで暇そう……要領よく仕事をこなしてくれそうなので、桜庭くんがクラス委員に適任だと思います!』
ひとりの男子生徒が僕を嘲笑うような感じで推薦して、クラスメイトも面倒ごとはこいつに押し付けてやろうって同調して決まっただけ。
ちなみに委員会は各クラス1名選出だから5組のクラス委員は僕だけだ。
ひとつ変わった事といえば、1週間ほど前に一条琉唯が昼休みに一般進学コースの教室にふらりとやってきて、各クラスを回っていたらしい。
特に何をするでもなく、教室に居る人間を眺めては次のクラスへと移動する。
若手No.1とも呼ばれる人気俳優の一条琉唯が一般進学コースの教室に現れれば、混乱を招くのは必然。
特に一年生は興奮して失神した女子もいたそうで、騒然となっていたらしい。
僕はといえば、昼休みもお弁当を持ち込んでアネックス館の映像研究部の部室で食べているから、気まぐれのように教室訪問していた一条琉唯と顔を合わせることはなかった。
今日の放課後はクラス委員の活動をしていたから、映像研究部の部室に行くのが遅れてしまった。
芸術総合コースの生徒は委員会活動が免除されているからか、放課後のアネックス館には人影がなくがらんとしていた。
僕は少し気を抜いていたんだろう。
アネックス館の2階に上がって、廊下の角を曲がったところで、
「うわっ……!」
僕は思いっきり何かにぶつかって、跳ね飛んで尻もちをついた。
ガチャンと同時に音がしたのは僕の眼鏡が落下した音だろう。
「痛たたたた……」
ひんやりとした床が布越しに伝わってきて、ぶつけた臀部がじわじわ痛む。
「悪い。大丈夫か?」
「いや、僕のほうこそ……」
差し出された手に沿って目線を上昇していけば、そこにあったのは驚異的なほど整った美しいご尊顔の持ち主。
腰を曲げて、手を差し出すその男は僕と視線が絡んだ瞬間、瞠目していた。
僕がぶつかった相手は一条琉唯だったのか。
なんて頭が理解し始める前に、
「――やっと、見つけた。咲良菜緒」
と、僕の腕を引いて立たせると、一条琉唯はきつすぎるほどの強い力で僕を抱き寄せてきた。
状況認識が追いつかない。
何で僕は一条琉唯に抱き締められているんだろう。
「余りにも見つからないから、満開の夜桜の下で俺が見た子は幻かと思ってた」
僕の誕生日の夜を一条琉唯に覚えられている。
しかも、一条琉唯が人探しをしているらしきターゲットとは僕なのか?
「いや、あの、人違いです!」
一条琉唯を押し退けようとしたけれど、細いけれど筋肉質な腕に閉じ込められれば身動きがとれない。
「人違いなわけねぇだろ」
あごを手で掬われ、顔を上げられる。
アップで見たって、欠点ひとつない綺麗な一条琉唯の顔が間近にあった。
「きっれーな顔……」
一条琉唯は細めた目で僕をじっと見ながら、低く呟くように言った。
その台詞は僕のほうが言うべき台詞だ。
こんな造形美、生まれて初めて見た……。
「マジで咲良菜緒だ」
「もう離してください!」
「覚えてんだろ。あの夜のこと」
「何のことでしょうか?」
「名前は? 何組?」
腕の中で逃れようともがく僕を軽々と抑え込み、僕を見下ろしながらマイペースに質問してくる一条琉唯。
この人、絶対に不遜な俺様に違いない。
「……桜庭優陽。2年5組」
高2に進級して2週間も経てば、完全に桜は散ってしまった。
ただ地面には散った桜の花びらが泥まみれで点在していて、満開の時期にはあんなに人が見上げて感嘆していたのに散ってしまえば見向きもされないことに物悲しさが募る。
生徒たちも新しいクラスや新しい時間割にも慣れてきて、すっかり平常運転だった。
僕は新しいクラスメイトとも、入学した一年生たちとも関わることはなく淡々と高校生活を送っていた。
ただ、僕は委員会決めでクラスメイトに推薦されてクラス委員になってしまった。
推薦といっても、名誉あるものではなく、
『桜庭くんが1番ガリ勉……成績も優秀ですし、ぼっちで暇そう……要領よく仕事をこなしてくれそうなので、桜庭くんがクラス委員に適任だと思います!』
ひとりの男子生徒が僕を嘲笑うような感じで推薦して、クラスメイトも面倒ごとはこいつに押し付けてやろうって同調して決まっただけ。
ちなみに委員会は各クラス1名選出だから5組のクラス委員は僕だけだ。
ひとつ変わった事といえば、1週間ほど前に一条琉唯が昼休みに一般進学コースの教室にふらりとやってきて、各クラスを回っていたらしい。
特に何をするでもなく、教室に居る人間を眺めては次のクラスへと移動する。
若手No.1とも呼ばれる人気俳優の一条琉唯が一般進学コースの教室に現れれば、混乱を招くのは必然。
特に一年生は興奮して失神した女子もいたそうで、騒然となっていたらしい。
僕はといえば、昼休みもお弁当を持ち込んでアネックス館の映像研究部の部室で食べているから、気まぐれのように教室訪問していた一条琉唯と顔を合わせることはなかった。
今日の放課後はクラス委員の活動をしていたから、映像研究部の部室に行くのが遅れてしまった。
芸術総合コースの生徒は委員会活動が免除されているからか、放課後のアネックス館には人影がなくがらんとしていた。
僕は少し気を抜いていたんだろう。
アネックス館の2階に上がって、廊下の角を曲がったところで、
「うわっ……!」
僕は思いっきり何かにぶつかって、跳ね飛んで尻もちをついた。
ガチャンと同時に音がしたのは僕の眼鏡が落下した音だろう。
「痛たたたた……」
ひんやりとした床が布越しに伝わってきて、ぶつけた臀部がじわじわ痛む。
「悪い。大丈夫か?」
「いや、僕のほうこそ……」
差し出された手に沿って目線を上昇していけば、そこにあったのは驚異的なほど整った美しいご尊顔の持ち主。
腰を曲げて、手を差し出すその男は僕と視線が絡んだ瞬間、瞠目していた。
僕がぶつかった相手は一条琉唯だったのか。
なんて頭が理解し始める前に、
「――やっと、見つけた。咲良菜緒」
と、僕の腕を引いて立たせると、一条琉唯はきつすぎるほどの強い力で僕を抱き寄せてきた。
状況認識が追いつかない。
何で僕は一条琉唯に抱き締められているんだろう。
「余りにも見つからないから、満開の夜桜の下で俺が見た子は幻かと思ってた」
僕の誕生日の夜を一条琉唯に覚えられている。
しかも、一条琉唯が人探しをしているらしきターゲットとは僕なのか?
「いや、あの、人違いです!」
一条琉唯を押し退けようとしたけれど、細いけれど筋肉質な腕に閉じ込められれば身動きがとれない。
「人違いなわけねぇだろ」
あごを手で掬われ、顔を上げられる。
アップで見たって、欠点ひとつない綺麗な一条琉唯の顔が間近にあった。
「きっれーな顔……」
一条琉唯は細めた目で僕をじっと見ながら、低く呟くように言った。
その台詞は僕のほうが言うべき台詞だ。
こんな造形美、生まれて初めて見た……。
「マジで咲良菜緒だ」
「もう離してください!」
「覚えてんだろ。あの夜のこと」
「何のことでしょうか?」
「名前は? 何組?」
腕の中で逃れようともがく僕を軽々と抑え込み、僕を見下ろしながらマイペースに質問してくる一条琉唯。
この人、絶対に不遜な俺様に違いない。
「……桜庭優陽。2年5組」



