帰り道、ショーウィンドウの中で小さなケーキが光っていた。
いくつもの甘い香りが冬の夜気に混じって、心をくすぐる。
橙が足を止め、ガラス越しに並ぶショートケーキを見つめながら、ぽつりとつぶやく。
「……買って帰ろっか」
「っすね! 二人で食べましょう!」
翔也の声が少し弾んでいて、橙は思わず笑みをこぼした。
並んで歩く影が街灯の下で重なって、白い吐息がひとつに溶ける。
二人は笑い合いながら、小さなケーキ屋の扉を押した。
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「こ、ここが先輩の部屋……」
初めて訪れる橙の部屋に、翔也は緊張気味に足を踏み入れる。
そこは思ったより小さく、けれど不思議と落ち着く空間だった。
木目の棚に整然と並ぶ料理本、壁際には小さな観葉植物。
棚の上には裁縫道具が丁寧に置かれ、糸巻きのカラフルな色が柔らかく灯りに反射している。
「なんか……いい匂いしますね」
「……柔軟剤かな。それか、紅茶の残り香」
「先輩らしいっす。落ち着く感じ」
翔也が照れくさそうに笑い、橙は少し頬を染めて視線をそらした。
「そんなに見ないで。……恥ずかしいから」
「いや、ちゃんと生活してる人の部屋だなって思って」
「それ、どういう意味?」
「俺んとこ、カップ麺と洗濯物しかないんで」
思わず二人とも笑い、空気が少し和らいだ。
小さなテーブルにケーキを並べ、フォークを手に取る。
テレビの笑い声が遠くから聞こえてきて、窓の外では風が街路樹を揺らしていた。
ストロベリーショートケーキの甘さが口の中に広がり、冬の寒さを少しだけ忘れさせる。
「先輩、クリームついてますよ」
「え、どこ?」
「ここっす」
翔也が指で示し、橙は慌てて口元を拭った。
その仕草がなんだか愛しくて、翔也は笑いをこらえきれずに吹き出す。
「笑わないでよ」
「いや、なんか……かわいくて」
橙は顔を赤らめ、視線を落とす。
その沈黙が不思議と心地よくて、時間が少しだけゆっくり流れた。
やがて、翔也がフォークを置き、少し真剣な声で口を開く。
「……卒業したら、一緒に住みませんか?」
静かな部屋の中で、その言葉だけがくっきりと響いた。
橙は驚いたように目を瞬かせ、手の中のフォークをぎゅっと握る。
「え……い、今のって……」
「マジっす。俺、先輩と一緒にいたいです」
翔也の声は震えていたけれど、まっすぐで、嘘のない音だった。
橙の胸の奥で、何かが温かくほどけていく。
少し俯いてから、彼は小さく笑った。
「……うん。いいかもね」
その笑顔を見て、翔也も照れくさそうに笑い返す。
二人の間にあった距離が、音もなく近づいていく。
窓の外では、雪が静かに降り始めていた。
街灯の光に照らされて、白い粒が舞い落ちる。
温かな部屋の中で、二人の未来がそっと重なっていく。
ケーキの甘い香りが、まだ残る紅茶の湯気と混ざり合い、
冬の夜に、静かな幸福の色を灯していた。
