……期末テスト前、本来は部活動休止期間ではあるけれど。

 わたしたち放送部は、顧問・副顧問以下いつもどおり集合して。
 顧問・副顧問以外はきちんとみんなで、勉強している。
 はずだった……のだけれど……。

「ほんと、先生たちって。教師っていう自覚ないよねー」
 わたしは不満げな声を、赤根(あかね)玲香(れいか)に向けている。

「う〜ん。でも陽子(ようこ)、そこがあのふたりのいいところかもよ?」
 十二月の冷たい風を、気持ちよさそうに浴びながら。
 サラリと玲香が答えるけれど。
 これって、本当に。あのふたりのいいところなのかなぁ……。

 というよりむしろ、大抵の場合。
 玲香はいつも高尾(たかお)響子(きょうこ)
 要するにわたしたちの、副顧問の味方の気がする。


「まぁ、一緒に『丘の上』にきたからね〜」
 すっかり馴染んでいて、忘れそうになるけれど。
 玲香と響子先生はわたしたちの高校に、この二学期にやってきたばかりだ。
 とはいえ、ふたりとは一学期からなにかと縁があったし。
 おまけに、夏休みは一緒に合宿だってした。

 加えて、藤峰(ふじみね)佳織(かおり)
 わたしたちの担任兼顧問は、響子先生と高校からの親友で。
 しかもふたりとも、一応わたしたちの部活の『先輩』でもあるからか。
 通常より、ものすごく密度の濃い付き合いだと。
 そんな自覚は、あるのだけれど……。

「それにしても、テスト前だよ!」
 やっぱりわたしとしては。
 ここは、口にせずにはいられない。



 玲香とわたしは、いま。
 以前『打ち上げ』と称して訪れた、カラオケボックスに向かっている。

 ただ目的は、歌うためではなくて。
「わたしの右の手袋、よろしくっ!」
「左手の手袋もついでに、お願いね」
 佳織先生と響子先生の忘れ物を、取りにいかされている。

「そもそもテスト前に、カラオケに寄り道推奨する教師とかなくない?」
 肩にかかるミディアムヘアを揺らしながら歩く玲香に。
 わたしはもう一度、話しを振るけれど。
「でも陽子。『向こう』よりはマシじゃない?」

 ……ま、まぁ、確かに。

 それは一理あることは……ある。
 なにしろくじ引きで決めた結果、残りのみんなは。
 現在校内の備品倉庫で、佳織先生の尻拭いをさせられているのだ。


「夏は暑いし、冬は寒いし……」
「春は花粉が入るだっけ? で、秋は?」
「来年でいいかなぁ? だったよね……」
「冬の前に、来年とか。おかしいからさ!」
 とにかく、先生が。
 そうやって確認をサボり続けたのが、たまたま校長に発覚したらしく。

「ひとりなんて無理! 響子がいても人手不足! みんなでやろうよ!」
 そうやって残りは全員、倉庫に缶詰にされている。


「……それにしても、テスト前だよ!」
「もう、それ何度目? でもまぁ、しょうがないよ。(すばる)君ってやさしいから」
「昴は先生たちに甘いし、玲香は昴に甘すぎる!」
「そうかな? 逆に陽子が厳しいだけじゃないの?」

 ……そんなことはない。

 だって彼は、ただのわたしの『弟』で。
 わたしが『特別な気持ち』で接するのは、終わったはずなのだから。

「昴はね! わたしのね……!」
 ただ、そこまでいいかけると。
 もうわたしたちはお店の目の前にいて。
「……ごめん陽子、なにかいった?」
 店の前のにぎやかな音で。
 わたしの声が、『たまたま』かき消されてしまった。

「なんでもない!」
 わたしは、喉元まで出かけた『その言葉』をグッと飲み込むと。
「さっさと帰ろうねっ!」

 そういって、店内へと向かっていった。





 ……カラオケって、好きでも嫌いでもない。でも会員証は、持っていた。

 前の高校にいたときに、お店で誰かが作らなきゃいけなくて。
「玲香でいいよね?」
 そんな流れで、わたしがそうさせられただけ。

 あの頃は、色々あって。
 向こうの放送部での生活は、ちっとも楽しくなかった。
 そっか、ということはわたし。
 カラオケって嫌いなのかな?


 店員さんが、落とし物を事務所に取りにいってくれているあいだ。
 わたしはカウンターの隣にあるドリンクバーを、何気なく眺めてみる。

「玲香、喉でも乾いたの?」
「違うよ、この前のこと思い出してた」

 あのときは。相当無茶苦茶な展開だったけれど、楽しかった。

「そういえば、昴がここで!」
「昴君がさぁ!」
「えっ?」
「えっ……?」

 偶然にもわたしたちが、同じ『彼』について口にしかけて。
 思わず顔を見合わせた、そのとき。

「カ、カイバラっスか?」

 なんだか『割とどうでもいい』声が、聞こえてきて。
海原(うなはら)だけどね!」
「いい加減覚えなよっ!」
 つい反射的に、わたしたちが、
 思わず同じ『彼』について、その名前を訂正したけれど。


 えっと、君は確か……。

「なに、その頭?」
「磨きがかかった、感じ?」

「あ……ひさしぶりの登場っス……」

 あろうことか、カラオケボックスの店内に『出没』したのは。
 昴君と同じクラスの……山川(やまかわ)(しゅん)だった。





 ……ま、まさかこの俺に。

 自分の『パート』が、作品中に生まれるなんて……。
 五作目にして、初の快挙じゃないっスか。
 あぁ! 生きるって、最高っス!

 思い起こせばいつもいつも、俺が登場するたびに。
 カイバラの周りの美女たちが、俺をまるでゴミのように扱うけれど。
 いまはこうして、め、目の前にふたりも……。

「いやぁ! 坊主になった甲斐が、あったってもんだぜメリー・クリスマス!」


「……あの、早くしてくんない?」
「……もうパート、終わってもらっていい?」

 あぁ……春香(はるか)パイセン、赤根パイセン。
 見た目はどっちもかわいいくせに。
 今回も、やっぱ容赦ないっスね……。


 実は俺、『例の事件』に関わっちゃいまして。
 生徒会設立、潰しちまった俺のパイセンたちと一緒に。
 反省の意味を込めて、『頭丸める覚悟』見せようってことにしたんっス。

 そしたら、カイバラの奴がっスねぇ……。

「三年の先輩たちは受験生だから、願書の写真とかもあるし」
「そもそも前近代的だからって、丸刈りはやめといたらっていったんだよね?」
 さすが、よくご存知でぇ。
 だけど、俺だけ三年じゃないからって。
 あいつ、俺だけには……。

「でもそれって、昴のせいじゃないでしょ?」
「昴君から、そのとき君はいなかったって聞いたけど?」

「お、俺は……タイムセールだったから。先に頭丸めてから知りました……」

「床屋なのに、タイムセール?」
「閉店セール、とかの間違いじゃなくて?」
 な、なんでそんなに冷たいっスか!
 やっぱりみなさん、誰も同情してくんないんっスか?


 あ……でも。
「そういえば。み、三藤(みふじ)パイセン『だけ』はやさしかったっスよ!」

「え?」
「なに?」
 ヤバイ……なんか俺、間違ったかも。
 その名を口にした瞬間、おふたりのおかわいらしい御尊顔が。
 すっごく、険しくなった気がしやした……。

「で、月子(つきこ)が?」
「なんっていったわけ?」

「お、俺をジッと見てくれてから……ひとことだけでしたけど……」
「うん」
「早くいってくんない?」

「『寒いわね……』、って……」





 ……月子のそれって、やさしさとかじゃなくて。
 見たまんまの、感想か。
 単にそのとき、自分が寒かったっていうだけじゃないの?

「もういいね、じゃ」
 そういって、わたしは手袋を受け取り。
 陽子と、お店を出ようとしたのだけれど。

「あ、あのっ!」
 寒そうなその頭が、わたし。


 ……じゃなくて。


 陽子を、呼びとめた。


 わたしたちは、帰ろうとしていた。
 だけど、店内の照明が乱反射しそうなその頭が。
 今度はもう少し、大きな声で。


長岡(ながおか)パイセン、もうすぐきますけどっ!」


 そう、口にしてしまって……。

 そのとき、わたしは。
 陽子の顔が、激しく動揺したのを。


 ……この目で、はっきりと見てしまった。