「……ねぇ月子、これなんてどうかしら?」
「使えそうなので、持っていってみます」
……その晩、台所で母親とクッキーに使えそうな『型』を物色していると。
「あの……」
母親が、わたしになにか聞きたそうな顔をする。
「……海原くんから、聞きました」
「あら」
さすがにすべてを、語りはしなかったものの。
わたしはことの顛末を、それなりに伝えたのだけれど。
「それで……?」
お節介な母親としては、まだまだ聞き足りないようだ。
「少なくとも、二十八日までは毎日部活があります」
「そうなのね……」
海原くんは、部長だからとても忙しくて。
従って副部長の、わたしも忙しいのだと。
これは事実で、なんの誇張もないことなのに。
「……だから?」
もう! それ以上わたしが報告できることなんて……特にありませんから!
「そうですか。毎日、大変ねぇ〜」
「でも、明日だけは……」
そういえば、姫妃の通院の付き添いの日で。
帰りが別になる日だと『たまたま』思い出した事実を。
わたしは母に告げる。
「海原君は本当に、お忙しいのねぇ……」
「明日に限っては、かえって都合がいいので……構わないの」
「あら、どういうこと?」
しまった、つい余分なことを口にした。
「通院はほら……義務感からくるものでしょうし。それにあと少しで終わるから」
「……それだけ?」
「そ、それだけです!」
わたしは、これ以上の追求は勘弁だと。
「明日も早いので、そろそろ寝ます!」
そういって。母の前から、あわてて逃走した。
……そして迎えた翌日の放課後。
一緒にラッピングを買いたいと駄々をこねる姫妃を。
「あなたは病院でしょ。ほかに日にちがないからダメよ」
そういって海原くんにまかせると。
玲香と由衣、そしてわたしは。
学校の最寄駅近くで、クリスマス用品の買い出しにいく。
「何軒か見たほうがいいかな?」
「手分けします?」
「そうね……そのほうが『都合がいい』わね」
基本、バレー部用のおつかいなのに。
ときに一緒に、たまに別々になって。
わたしたちは買い物を進めていく。
無事にすべてが終わったところで、駅に向かうと。
その途中で、なぜか美也ちゃんが歩いている。
「三人で買い物なんて……め、珍しいね」
驚いた顔の美也ちゃんは。
「バス降りたら……ちょっと駅の方角間違えてね」
明らかに、そんなはずはないだろうという説明をする。
「ほ、ほら! 講習で疲れたから気分転換!」
受験生だから、そんなことならありうる……のだろうか?
ただ、あまり詮索するのもなぜか気が引けて。
それからわたしたちは、一本だけ列車を遅らせることにして。
四人で一気におしゃべりをしてから。
反対側の列車に乗る美也ちゃんを、ホームから手を振って見送った。
「姫妃が、経過順調だって」
玲香が、スマホに届いたメッセージを読みあげる。
「あと昴君の乗る列車、一本早いみたい」
どうやらきょうは乗り換え駅から先も、海原くんと別々なのかと思ったけれど。
「じゃ、待っとけって伝えてもらいましょっか?」
由衣がサラリというと。
「ええっ……わかりました……だって〜」
また玲香が、海原くんがいいそうなことを楽しそうに読みあげる。
「スマホって、意外と便利なのね……」
海原くんとわたしにはないものについて、思わず感想を述べると。
即座にふたりが、それなら持ったらどうかと聞いてくる。
「面倒だから、いらないわ」
「出たよ〜」
「ほんと、古風ですよねぇ〜」
前にもいったけれど、いつでも連絡がつくのは便利だとは思うけれど。
ただ、もし海原くんまで『それ』を手にしてしまったら……。
わたしの知らないところで。
……ほかの誰かと、やり取りするかもしれないじゃない。
「放送部のグループとかあったら、楽なことあるのにな〜」
「ほんと、夏のお祭りの前とか。ポストに入れにいったもんね〜」
そのおかげで、保たれているかもしれないこの関係を。
わたしがわざわざ乱しにいく必要はないと。
「ありえないわね……」
わたしはこのときも自覚して。
……力をこめて宣言した。
……乗り換え駅のホームでは。姫妃ちゃんもわたしたちを待っていた。
「ねぇ由衣! せっかくだから、見て・み・て!」
姫妃ちゃんの額の傷を保護するテープが、また小さくなって。
「もう少しで、治るから・ね・っ!」
そうやってヒラヒラ回る姿を見て。
思わずわたしは、姫妃ちゃんがキラキラしていた『演劇姫』のときを思い出す。
あの頃は、ある意味憧れだったり。
あるいは『遠い存在』だったはずの姫妃ちゃんが。
「ちょっと……波野先輩、ホームで転んだらまた怪我しますよ」
「嫌だ、もう怪我なんてし・な・い!」
「だったら、回らないでくださいよ〜」
……いまはアイツの『近く』を舞っている。
姫妃ちゃんの傷が、きれいになって欲しいのは当たり前だけど。
でも、『アイツと一緒に直した』その『傷』が。
もしふたりの、『絆』になってしったら……。
ただでさえかわいい、その笑顔に。
わたしはいったい……。
「……黙っていたら、めちゃくちゃかわいい」
「えっ?」
「由衣って、昔は確かそんな評判だったんでしょ? でもさ……」
玲香ちゃんが、わたしを見つめてきて。
「黙ってろなんて、失礼だよね!」
そういって、笑顔になる。
「だったら月子なんて、最悪じゃない?」
「えっ?」
「口開かなかったら、超絶美女なのにさ」
玲香ちゃんはなんだか楽しそうに。
「相当な毒吐くよ、あの子……」
「あと美也ちゃんは、しゃべっていてもかわいいけどね」
「う、うん……」
「たまにさ……」
ズレたことをいうから。
だからきっと、黙っていたほうがもっとかわいいと思う。
玲香ちゃんはそういうと、わたしに顔を近づけてきて。
「ここから導かれる共通項……由衣はわかる?」
「え、えっと……」
すると玲香ちゃんは、自信たっぷりにわたしを見ると。
「わたしだけは、黙らなくてもかわいいの」
サラリと、そう告げた。
「……自分のことをかわいいという人種に、ろくな性格はいないわよ」
しっかり話しを聞いていた月子ちゃんが。
真正面から全否定すると。
「ちょっと月子、わたしわざといっただけだから!」
「そうなの? 半分本気じゃなかったかしら?」
「あの……どうしたんですかふたりとも?」
「海原くん、実は玲香がね……」
「ちょっと! 昴君は、離れててっ!」
……いったい玲香ちゃんは、なにを伝えたかったのだろう?
「由衣を、励まそうとしたんじゃないの?」
「えっ?」
姫妃ちゃんが、ニコリとわたしを見ると。
「美也ちゃんを見送るときの顔がね、寂しそうに見えたらしいよ」
……自分でも、気づいていたようでわかっていなかった。
そんなことを、教えてくれた。
「由衣って、自分が思うより寂しがり屋さんだからねぇ〜」
みんなは、わたしが思うよりずっとわたしを見てくれている。
なんだか、自分が大切なことを見落としていたことに気づいたわたしは。
「姫妃ちゃん、大好き〜!」
そういって、目の前の演劇姫に抱きつくと。
それから、アイツが渋い顔でわたしを見てくるくらい。
なにごとかと寄ってきてくれた、月子ちゃんと玲香ちゃんを。
「先輩たち、大好き〜!」
……力一杯、抱きしめた。

