……冬期講習の毎日が、続いている。
当初僕は、三年生以外は講習が午前中のみで終了なので。
午後はまとまった時間を使って、これまでの膨大な書類の整理と。
この先の頼まれごとの準備に、ある程度腰を落ち着けて取り組めると予想した。
ところが、いつもいつも。
毎度毎度のごとく……物事は予定どおりに進ことはなく。
……僕たちには、また新たな『労役』が追加されている。
「アンタはどのみち書類係だから、変わんないじゃん」
いや、高嶺。お前はさておいても。
三藤先輩と、玲香ちゃんまで奪われたんだぞ?
これを大幅戦力ダウンといわずに、なんという?
「あみだくじでいいって、納得した・よ・ね・海原君?」
波野先輩の……いうとおりです。
ただ、二年生の『三人からひとり』が当たるなら。
あとのふたりが選ばれるほうが、じゃんけんよりは確率が高いかと……。
「結局。わたしじゃ不満って・こ・とだよね。感じ悪い」
波野先輩がプイと横を向くけれど。
ただ実際のところ……僕たちふたりでだけで。
この量の資料に立ち向かうなんて、無謀でしかない。
「だ・か・ら。ひとりじゃないだけマシだ・よ・ね?」
猫の手でも借りたいのは事実だ。
ただ……猫の手のほうが借りたいかもなんて。
……口が裂けても、いえません。
「……『焼いている』あいだくらいは、手伝うわよ」
三藤先輩が、やや同情した目で僕を見る。
「そうだね、由衣に洗い物を頼んでわたしも手伝う」
玲香ちゃんが、ありがたいことをいってくれる。
「でもまだまだこれじゃ『予定数』に足りてませんよ?」
そして高嶺が……現実を突きつける。
そう、そんな会話が繰り広げられているこの部屋は。
……放送室ではなくて、『調理実習室』だ。
クリスマスイブとかいう日に、女子バレー部の対抗試合があるらしく。
確かにその『手伝い』は、承った覚えはある。
ただ先日、突然バレー部に移籍した春香先輩が放送室にやってくると。
「手伝うって約束したの、『そっち』だよね?」
しっかり『あっち』の人間になって、要求を増してきた。
「あの……だからって、どうしてクリスマスケーキを僕たちが焼くんですか?」
「えっ? だってクリスマスだよ?」
同行してきた鶴岡さんが、相変わらず不思議ちゃんなのはいいとして。
「別にケーキじゃなくて、クッキー『でも』いいからさ」
同行してきたバレー部長も、なかなかに上から目線で。
三藤先輩がイライラしたのは、いうまでもないのだけれど……。
「『そっち』の顧問がさぁ〜」
まさか、三人とともにやってきた『あの』保健の先生が。
女子バレー部の、顧問だったなんて……。
……藤峰先生が、『通販仲間』の保健の先生のジャムの注文を忘れたらしい。
「だったら、また注文したらいいんじゃないんですか?」
波野先輩は、非常に勇敢だったけれど。
「姫妃、逆らっちゃダメっ!」
珍しく藤峰先生が、怯えている。
「……海原君さぁー」
バレー部顧問なのに、木製バットを持って乗り込んできたその人が。
「一年に一回の、超・レアなジャムなんだけど。どう落とし前つけてくれるかな?」
なぜか僕にすごんでくる。
「だったらなおさら佳織先生に、頼まなきゃいいのに……」
波野先輩の極めて常識的なつぶやきに。
「なんだって、海原君?」
バットを持ち上げて保健の先生が『僕に』迫る。
「しかたないでしょ。通販ポイントって、まとめたほうがお得だもの」
高尾先生が僕の耳元で、どうでもいいことを教えてくれるけれど。
注文忘れの理由にそれはリンクしない。
「だからここは焼いてくれるよね?」
「焼いてくれるよねっ!」
バレー部員と顧問が一体となって、意味不明の依頼を押し付ける。
「ふ、藤峰先生……?」
手持ちのジャムコレクションから、三つくらい与えたらおとなしくなると。
己の不始末にちゃんと責任を取るとだろうと。
そんな期待をして話しを振ったのだけれど。
「ま、協力するのって当然だよねー」
……藤峰先生に期待した僕は、あっさりと裏切られた。
「……とにかく! これが『わたしたち』のプライドだから!」
春香先輩が、僕たちのプライドを打ち砕く。
「クリスマスにクッキー渡す余裕あるんで〜みたいなのって、格好いいじゃん!」
バレー部長のプライドは意味不明で。
「ウナ君、勝負はすでにはじまっているんだよ!」
鶴岡さんのそれは……もうどうでもいいです。
「よし、頼んだ!」
「よし、ここまできたらやるしかないね!」
保健の先生と藤峰先生が、勝手に握手して。
放送部員は完全に置き去りのまま、結論を出してしまった。
「……ま、受けたからにはやるしかないよね」
試しに焼けたクッキーを、みんなで囲みながら。
玲香ちゃんらしい発言がある一方で。
「少しなら毒くらい、入れてもいいのよね?」
三藤先輩も、ブレない感じの……お言葉ですね……。
「ちょっとパサパサしてるかな? チョコ増やしてみます?」
高嶺のそれも、食べ物に関しては前向きだし。
「どんな袋に入れよっか? じゃぁ買い物い・つ・い・く?」
波野先輩なりに、楽しんでいるようでなによりだ。
「ん? どした、海原?」
「……いや、なんでもない」
高嶺から渡された、クッキーを手に。
僕はふと、最後にバレー部長が耳元でつぶやいたセリフを思い出す。
「試合に勝った暁には、きちんとお礼するから。クリスマスまで待っといて」
お礼って、いったいなんだろう。
材料費とかのことだろうか?
わからないことを、いつまでも考えてもしかたがない。
そう思った僕は、書類の山に戻ると。
「ちゃんと手伝えるから! 心配しな・い・で!」
波野先輩がそういいながら駆け寄ってきて。
「キャッ〜!」
……早速、その山をひとつひっくり返した。
「……部長も『あの子』も、一段と気合入ってますよね」
「ほんとだよね。で、夏緑はどう? ついていけそう?」
陽子ちゃんと並んで、水分補給をしながら。
ふと今頃、放送部はクッキーを焼いてくれているのだろうかと考えると。
どうやら陽子ちゃんも同じことを思ったらしい。
「お腹もすいたし、試食しにいきたいよねぇ〜」
「でも絶対、完成するまでは『部外者は禁止』とかいいそうじゃないですか?」
「いえてる。月子かな?」
「わたしは玲香ちゃんの気がします」
「でもそしたら姫妃がさ」
「あと意外と由衣も、一枚ならいいとかいってくれそうですけど」
「でも最後はきっと……」
「ウナ君がダメっていうんですよねぇ〜」
「ほらそこのふたり! 練習するよ!」
この対抗戦には、負けられないと。
「早く戻ってください!」
部長と『あの子』が、そこまで強い思いを抱いていた理由については。
まだわたしも、陽子ちゃんも。
当たり前だけれど、放送部のみんなだって。
……誰ひとりとして、知らなかった。

