「……お互いの手とかじゃなくて、パンですよパン!」
妙なテンションの由衣が、爆笑しながら真似をしている。
「デニッシュ・チョココルネ、だけどね……」
少し頬が赤い気がする、響子先生は。
まさか照れているわけじゃ……ないですよね?
……海原くんが近頃ずっと『変』だった理由を、ようやく理解した。
ちなみに、放送室には野次馬。
失礼、本校のお偉がたも同席中で。
ご迷惑をおかけしたこともあって、わたしが謝っている。
「なにぶん母の勘違いからはじまったことですので……大変失礼しました」
「理由がわかったから、いいのよ〜」
「まったく。なにを考えとるかと思ったらのぅ」
「あの……三藤先輩。勘違いというよりはですね……」
「海原くんは、静かにしていてもらえないかしら」
「え、ええっ……」
「……前に、夏緑の『許嫁』のときもあったでしょ」
「へ?」
「親が信じていても、娘は意外と気がついたりするものよ」
「え? もしかして……とっくに気づいていたんですか?」
もう……わたしは海原くんに。
あのときすでに、それとなく伝えたはずよ?
それに、さすがのわたしでも。
サンタクロースの正体くらいは知っている。
ただ両親にあえて伝えずに、この歳になっただけなの。
「あ、あのじゃぁ……?」
「あ、あれはね……」
わたしは……『この時期』は落ち着かない。
確かに以前。
海原くんにそんなことを、口にした。
でも、それについては。
月刊の文芸誌がポストに届く日が近かったからで。
いくつかの連載の最終回が、気になっただけなのよ。
「ふーん。ねぇ月子、本当にそれだけ?」
玲香の質問は、聞こえなかったことにしておこう。
恋愛小説の結末が、つい気になったなんて。
……きっと余分な情報なだけでしょうし。
「まぁコイツが、完璧に色々理解できてたら、誰も苦労しませんけどねぇー」
由衣がいうのは、もっともで。
「し、心臓に悪いとき。あるもんね……」
美也ちゃんのそれは、海原くんのことだけでなく。
発信源が、美也ちゃん自身のときもあるのだけれど……。
「……いずれにせよ、これで無事にクリスマスを迎えられるわね」
きっと、寺上校長や。
「『まとも』じゃないが、『まとも』だと安心できたわい」
鶴岡理事長に、とっては。
一件落着、あとは部活。
いえ、野暮用をよろしくという感じなのだろう。
「あぁ。安心したらパン食べたくなったねぇ〜」
佳織先生も、いつもどおりだけれど。
「そ、そうだねぇ〜」
高尾響子、この先生については。
……なんだか色々、怪しい香りが少しした。
……同じ時刻の、体育館。わたしは女子バレー部の練習中だ。
「夏緑、さっきの動きよかったよ!」
「あ、ありがとうございます!」
二年の先輩たちが、わたしに笑顔で声をかけてくれる。
この先輩も、別の先輩も楽しそうなのに。
どうして部長と『あの子』は、『あんなふう』なんだろう?
「……でもここで聞いたら、またわたし浮くんだよねぇ」
「ん? どうした夏緑?」
「陽子ちゃん? い、いえなんでもないです」
「そっか。なにか気になったら、いつでも教えてよ!」
陽子ちゃんはもちろんだけど、バレー部の先輩たちもやさしい。
わたしが歓迎されているのは、よくわかる。
ただ、部長と『あの子』だけは……。
みんなとは違う雰囲気を感じてしまう。
そういえば、部長はたまに話すけれど。
『あの子』とは、まだあいさつくらいしか言葉を交わしていない。
いや正確には。練習のアドバイスなんかはきちんとしてくれて。
特にストレッチとか、怪我しないようにと気づかってくれたり。
片付けだって、一緒にやってくれている。
ただ、一般的な会話をしたことが。
……ほとんどといえるくらいなにもないのだ。
「どうした、夏緑?」
「え、なんでもないよ!」
「あぁ……あのふたりかぁ〜」
移籍以来、わたしに一番色々教えてくれる同級生の女の子が。
わたしの視線に気づいたらしい。
「あのふたりにとって、次が特別な試合なんだよね」
「そうなの?」
「集中してるんだよ、きっと」
その子は、少し遠い目でふたりを見ると。
「まっ。陽子先輩と、夏緑。ふたりもきてくれたからね!」
わたしに向かって白い歯を見せてから。
「ほら、次レシーブやるよ!」
わたしに早く上達しろとうながしてくる。
……由衣ひとりじゃなくて、陽子ちゃんとわたしのふたりが入部した。
そっか、ギリギリの人数だったのが『余った』から。
もしかして『あの子』と、レギュラー争いっていうことなのかな?
でもそれなら、わたしが控えなのは明白で。
別に特別な理由になんてなりえない。
あとは……保健室登校だったわたしを警戒しているとか?
まぁ、いままでは変な格好をしていたし。
同級生ならなおさら、話しかけにくいのかな。
でもそれなら……逆にわたしから話しかけないといけないな。
「ほら夏緑! ちゃんとこっち向いて!」
「は、はい!」
わたしの居場所は、ここなのだから。
控えなら控えらしく、いざというときのために。
きちんと練習しておかないと。
……次の休憩時間に、思い切って話しかけよう。
わたしは、そう思い直すと。
「次、お願いします!」
自称だけれど、放送部仕込みのよくとおる声を。
……体育館中に、響かせた。

