「……う、海原君?」
僕の『旅』の出だしは上々で。
寺上つぼみ校長と、廊下で早速出会えたのだけれど。
……おとなという生き物は、なかなかに難しい存在だ。
「こ、ここに入って!」
寺上先生が、近くの国語科準備室に僕を押し込むと。
「ちょっとみなさん、ふたりにしてくださいっ!」
漢文や小説にのめりこんでいた先生たちを、部屋から追い出していく。
「どうした海原! 今度はなにをした?」
現代文の先生が、僕に思わず声をかけたけれど。
「いいから、出てくださいっ!」
校長がそういって、説明する時間を与えない。
「ねぇ海原君……気は確かなの?」
なんだか、きょうは。
同じようなことをずっと、みんなに聞かれている気がするんですけれど?
「あの……高尾先生は。ロ、ロマンチストですかっ?」
さすが、元放送部顧問だけあって。
寺上先生は僕の声色を真似て、質問を再現してくれる。
ただ、やたらと抑揚がついているのと。
そんなに大げさな聞きかた、しましたっけ……?
「確かに響子は、いい子ですよ」
校長のいうとおり、あの先生をふたつに分類するなら。
間違いなくいいほうだろう。悪いほうなのは藤峰《ふじみね》先生だ。
「だけどね……まずは卒業するまで待ちないさい」
「はい?」
「あの子は、教師ですよ!」
「は、はぁ……」
僕ただ、高尾先生が。
いまだにサンタクロースを信じる程度のロマンチストかどうか。
それだけを知りたかったのに……。
「卒業するまで、待たないとダメですか?」
寺上先生は、ギョッとした顔で僕を見ると。
「あなたは……もう少し常識のある生徒だと思っていたのに……」
どうして、そんなに嘆くのですか?
「ショックを受けているのです」
常識を持っているはずの僕が。
この段階ですでに疑われているということは。
……寺上先生もきっと、サンタクロースを信じているのだろう。
「……なかったことにしておきます」
「そうね……ほかにもたくさん放送部に、いることですしね」
ということは三藤先輩と……やっぱりまだいるんだ……。
校長は引き続き、やや警戒した目で僕を見た上。
「いいですね、海原君。肝に銘じておきなさい」
サンタクロースの存在を否定するというのは。
相当に『罪作り』なことなのだと僕に伝えると。
今度は急にやさしい声になって。
「あとアドバイスとしては……外見よりも価値観や趣味を大切にしましょうね」
人との関係とは、そのようなものですといって。
ようやく僕を、解放してくれた。
「価値観とか、趣味か……」
ひとりそんなことを考えながら、廊下を進むと。
「おお、ちょうどいい。ちょっと相談があってな」
今度は鶴岡理事長に声をかけられる。
「あの、すいません。その前にひとつ質問してもよろしいですか?」
「ん? 珍しいな。まぁええぞ」
なにかを押し付けられる前に、質問する。
これはなかなか理想的な出だしだと思ったのに。
……おとなってやっぱり、難しい存在だ。
今度は校長室に連行されると、理事長は。
「若者よ、そこに居直れ」
ソファーに着席しろとうながしたあとで。
「高尾先生の……趣味を知りたいんじゃな?」
妙に威圧的に、僕の質問を繰り返す。
「確かに履歴書には『趣味欄』がある」
「は、はぁ……?」
だったら、もし高尾先生が信じていたら。
堂々と『趣味・サンタクロース』って書きそうで助かるのだけれど。
「あのな、少年。履歴書の扱いというのはそもそもな……」
なぜか『個人情報保護講座』みたいなプチ演説が、はじまってしまった。
「……あの、履歴書を見たいのではなくて」
「なに? だったら早くいってくれんと」
早合点したのは、僕ではない気がするのですが……。
「わかった。そこまで悩んでおるなら、勇気を持って自分で問うてこい!」
「へっ?」
なんですか、その鼻息の荒い感じは?
「いやぁ、砕けてこそ青春じゃ」
「はい?」
「人生で一度くらいはええじゃろう! 高尾先生にせいぜい、笑われてこい!」
僕には、まったくなんのことかわからないけれど。
どうやら校長とは違う意味での。
たくましい想像力だということだけはわかりました……。
「おっ師匠! 久しぶりに俺を登場させてくれましたねっ!」
今度は同じクラスの、ヘボ探偵・山川俊か……。
あまり気が進まないけれど。
どう伝えたら、調べてくれるかな……?
「なぁ、カイバラ……」
僕の名前は、海原だけどな。
いったいどうして、そんなに冷めた目をする?
「いい加減さ、ラインとか引いとけよ」
「は?」
「俺、親友だからさ……先生にまで手を広げるヤツとは仲良くできねぇ」
元々、親友認定したのか僕たちは?
それよりなに?
山川、というかみんなして。
いったいなにを、勘違いしているんだ?
「警告はしたぞ! 美人は独占するもんじゃねぇっ!」
謎のカニステップで、廊下を動き出した物体に背を向けて。
僕は得るもののなかった『旅』を、終えることにする。
……あぁ、クリスマスなんて嫌いだ。
サンタクロースの真実を語ることが。
こんなにも重くて大変だなんて。
……そしてよりによって、こんなときに。
「ねぇ。きょうはなんだかようすが変だけれど、どうしたの海原君?」
ここで、まさかの……高尾先生本人と鉢合わせしてしまった。
慣れないことをして、『いつものキレ』がなかった僕は。
さっきまで放送室にいたはずのその人に。
……つい、聞いてしまった。
「あの、先生……?」
「うん? どうした?」
追加のパンでも、取りに行ったらしい。
袋にも入れずに、デニッシュ・チョココルネを両手に持って歩いている先生に。
無駄な時間は取らせないほうがよいだろう。
遅れた原因が僕だと知れば、あとで藤峰先生が暴れ出す。
覚悟を決めて、ある程度ストレートに質問しよう。
ただ、『もしものとき』に傷つけないようにするために。
人物の『呼称』には気をつかっておかないと。
「あの、『この時期』になるとですね……」
「う、うん……」
「『気になる男性』とか、いませんか?」
「……」
ど、どうしよう。
なぜか先生の顔が、赤くなって。
力なく、下がりつつデニッシュ・チョココルネが。
あと少しで、オシャレのつもりで履いているそのスカートにつきそうで……。
……げっ。クリーニング代払えと、たかられたら最悪だ。
「せ、先生っ!」
とてもじゃないが、『デニッシュ・チョココルネがスカートにつきます』まで。
ひと息には叫びにくくて。
しかたなく、僕がわずかな小遣いを死守するために手を伸ばす。
すると、デニッシュの上の部分を僕が。
下の部分を先生がギュッと握ってしまい。
……お互いがパンを握りあって、向かい合う形となった。
「えっ?」
「へっ?」
余りにも、異様な光景なので……。
お、思わず。
互いに、見つめ合う感じになってしまった。
そして、余りにもタイミングの悪いことに……。
「……そこのおふたりは。いったいなにをしているのでしょうか?」
三藤月子、その人が。
……この場に、現れた。

