……翌日の、昼休み。
「ねぇ、海原君!」
放送室から、教室に戻る途中の中央廊下で。
新聞部の新部長が、遠くから僕の名前を呼んでいる。
「……先にいくわよ」
「えっ? またですか?」
いつものペースで隣を歩いていたはずの、三藤先輩が。
僕を置き去りにして早足になると、距離をどんどん広げていく。
「もう月子ったら。逃げても無駄なのにねぇ〜」
前部長の頃から顔馴染みの、先輩と同じクラスのその人は。
「放課後一番で、よろしくね!」
取材という名の尋問の予約を、きょうも勝手に決めてくる。
「あの……次は、来年じゃなかったですか?」
「予定が変わったから、お願いね!」
前の部長の代から、我が放送部はなんだかネタの宝庫らしく。
加えて、少々強引に予定を入れても気にならない存在らしい。
「じゃ、逃亡禁止だよ〜!」
僕に選択権がないのは、いつものことで。
「了解です。お疲れさまです!」
いつも高嶺が僕に代わって返事をしているのもまた、いつものことなのだ。
放課後、不機嫌な顔の三藤先輩が。
先輩と『同じクラス』の部長に捕まって、中央廊下ですでに僕を待っている。
「じゃ、由衣ちゃんよろしく!」
「はい! ほら、ふたりのカバン。わたしが運んどくからいっていって!」
僕と同じく一年一組からやってきた高嶺は、機嫌がよくて。
「ちゃんと取材、答えなよ!」
やけに愛想よく、僕たちを見送っている。
「では、移動しまーす」
新聞部長のうしろを歩きながら、三藤先輩が不思議そうな顔を僕に向けてくる。
えっと、あの高嶺が素直に従う理由はですね……。
「部費で買ってるファッション雑誌、最初に読ませてもらえるらしいです」
「えっ、それだけなの?」
アイツがそれだけで動くと思わない先輩は、さすがだ。
だから続けて僕は。
「雑誌本体だけでなくて。毎号ついているオマケをもらっているらしいです」
アイツが無駄に自慢してきた情報を共有する。
「ほんと、現金な子よね……」
先輩はそういって小さくため息をつくと。
「いつもどおりにしか、しないわよ」
毎度のように、僕に念押しする。
先輩のいう、『いつもどおり』とは。
要するに、基本的に放送部員以外とは誰とも話さないことを指している。
もっとも、近頃は同じクラスの女子とは少し会話をするのだけれど。
対新聞部としては一切話さないし、撮影も不可だと。
とても取材対象とはいえないポリシーを貫いていて。
ただ副部長として、同行はしてくれる。
クリスマスツリーの前での撮影が終わると。
微妙な表情でツリーの隣にひとり立つ、僕の写真を確認した新聞部長が。
「う〜ん、これはイケてない」
被写体の心情に、一切遠慮することなくブツブツいっている。
「ねぇ、月子も撮っちゃダメ?」
「ダメよ」
「美人なんだし、きれいに撮るからさー」
「不要です」
「あ〜ぁ。やっぱ由衣ちゃんとか、連れてきたらよかったな〜」
「海原くんと撮るつもりなの? それもダメよ」
僕にはよくわからないのだけれど。
先代の部長から続く、同じやりとりが。
きょうもしばらく続いている。
どうやら撮影には、三藤先輩なりのこだわりがあるらしく。
自分が写るのはもちろんダメだけれど。
誰かと僕の写真も、先輩は絶対に許可を出しはしない。
「……海原君って、本当に鈍いよね〜」
新聞部長の遠慮のなさが、会うたびに増している気がするけれど。
まぁ、すでにそれも……慣れてきたといえなくもない。
「まぁきょうは、その辺も深掘りするんでよろしくね!」
いま一瞬、部長の目がキラリと光った気がするけれど。
ツリーの短冊の話しでも、聞かれるのだろうか?
よくわからないままに、三人で新聞部の部室に移動したものの。
あれ?
きょうはほかのメンバー、いないんですか?
「デリケートな話題なので、人払いしたの!」
「へっ?」
「じゃ、はじめます!」
そういって早速、部長が机にレコーダーを置くと。
即座に三藤先輩が、機械を奪う。
「ちょっと、それウチの備品なんだけど〜」
「終わるまでは、わたしが専有するわ」
三藤先輩が、毎度のごとく宣言するけれど。
きょうはなぜだか、わざわざ電池まで抜いている。
「月子って用心深いよね〜、スパイ映画の見過ぎじゃない?」
「読書派よ、わたし」
「じゃぁスパイ小説とか?」
「昔のスパイは、デジタルレコーダーなんて持っていないわよ」
「そうなの?」
「当たり前よ。ただ最近の作品には確かに……」
僕はいつも、思うのだけれど。
こういう会話なら、成り立つふたりなのに。
「……それでは、お願いします」
いざ、インタビューがはじまると。
きょうも先輩は口を閉ざすと。
対面に座る部長とは全然違う方角に、顔を向けてしまった……。
……なんだかわたしは、嫌な予感がしていたのだけれど。
「ちゃんと月子も聞いてよねー」
きょうの尋問は、予想以上に強烈で。
「じゃぁひとつ目。おふたりはこのあいだ、手をつないでましたよね?」
「はいっ?」
「なんですって!」
いきなり、爆弾が投げつけられた。
「ほら、先月の生徒会設立の会議で。最後海原君がさぁ〜」
この子がいっているのは……。
わたしたちの高校で、生徒会立ち上げの機運が盛り上がったのに。
旗振り役だった先輩たちが、放課後に他校生との問題に巻き込まれ。
そこから色々と派生して、今回は準備委員会設立を断念する。
海原くんがそう決断した、あのときのことよね……?
「あ、明らかに。き、気のせいじゃないかしら?」
「でも月子。長机の下で、隣同士のふたりがこうさぁ〜」
その子が、わざわざ。
実演するかのように、左の小指を右手の三本で包んで見せてくる。
「……ありえないわ」
わたしは、そういいきると。
「海原くん、帰りましょう」
そういって、部室のソファーから立ち上がる。
「……だそうですけれど、海原君はどう?」
「えっ?」
「わたし、君は嘘をつかない人だって信じてるんだけど?」
「え、ええっ……」
「ちょ、ちょっと!」
「なに、月子? あなたが帰っても、海原君には残ってもらいますけれど?」
……ど、どうして。きょうに限ってこの子は、なぜこんなにしつこいの?
……立ち上がっていたはずの三藤先輩が。僕の隣に、もう一度座り直す。
ただ心なしか、先ほどより距離が近くなっていて。
「ほらっ! この距離感が怪しいよねぇ〜」
うわっ……早速鋭い追求がやってきた……。
「わたし、見ちゃったんだよねぇ〜」
な、なにこの怖い展開?
もしかして金品とか、要求されるんですかっ?
「……なにが、狙いなの?」
先輩も同じことを、考えたのだろうか。
「うーん、真実かな?」
「本当のことを、いいなさい!」
「月子、それってわたしのセリフだよー」
新聞部との友好関係も、これまでか……。
いや、そのレベルじゃなくて。
僕の命がどっちにどう転んでも、まずい状況になりそうなこの状況から。
どうにかして助かる方法がないものかと。
必死に頭を回らせていた、そのとき。
「よ、よかった海原君!」
「えっ?」
「ちょっと! どうしても確認しないと!」
引退した新聞部の前部長が、いきなり部室に飛び込んできて。
「悪いけど、急ぐから。ごめん!」
それだけいって、僕を強奪する。
「うげっ!」
半分閉じかけた扉に、肩がぶつかっても。
「いいから、一緒にきてっ!」
前部長は容赦なくて。
「走るよっ!」
僕は三藤先輩をひとり残したまま……。
その部屋から、引きずり出されてしまった。

