……海原(うなはら)と『また』、話せなかった。

 二十三時を回った頃、わたしはベッドに横になると。
 最近毎晩、同じことを考える。

 きょうで年内最後の、午後の授業が終わって。
 明日からは部活の時間が増えるとはいえ。
 そろそろ、ちゃんと聞いて欲しかった……。



「あ、あのさ海原……」
「ん? どうした、高嶺(たかね)?」
 そこまでは、きょうも昨日も、それより前だって変わらないけれど。

「ねぇ海原君。いまいいかな?」
「すまん、海原!」
「悪いけど、海原いる?」
 尋ねかたも、訪ねかたも色々だけど。
 教室ではそうやって誰かが、わたしからアイツを奪っていく。

 部室ではみんながいるから、話せないし。
 それは往復の電車の中でも、変わらない。

 あぁ、アイツが。せめてスマホでも持っていたら。
 寝る前に、相談したりできるのに……。
 かといって、わざわざアイツの家に電話するのも嫌で。
 結局わたしはこのところ。


 ……要するにずっと、アイツと話し損ねている。


 わたしにはいま、悩みがある。
 答えなければ、いけないことがある。
 それについては本来、結論など出ているのだけれど。
 迷いというか、『この時期』だからなのか。
 わたしはアイツに、きちんと話しをしてから。

 ……その返事をしたいと思っている。


「あぁ、寝たいのに! 眠れない!」
 しかたないから、英単語帳をもう少しだけ。
 あと一回読んでから、目でもつぶろう。


 ……不思議なことに、最近成績があがってきた。

 そういえばずっと前に、美也(みや)ちゃんが。
「放送部にいたら、成績上がるよ〜」
 わたしにそんなことを、笑顔で話してくれたっけ。
 ま、まぁさ。

 美也ちゃんはもちろん、二年生たちも。
 成績いいからなんとなく……。
 わたしも、一年なりにやっとこっかな、とは思ってて。
 べ、別に。
 わたしの成績をアイツが気にするなんて思わないけど。
 一応、ね……。



 翌朝、リビングにいって。
「おはよう」
 両親に声をかけると、そのあとで。

「……最近、由衣(ゆい)がしっかりしてきたよなぁ」
「あの子、高校に入って変わったわよねぇ〜」
 歯磨きするときに、もう何十回目っていうくらい、聞こえてくるんだけど。
 お母さん。中学から一緒の『誰かの』おかげかなとか。
 そこだけは、いわなくってもいいんじゃない?


 わたしは鏡の前で、栗色の髪の毛のセットを確認する。
 気合いは、入れすぎない。
 でも、サラサラ長髪のあの先輩とか。
 チャーミングな玲香ちゃんに、すぐに会うんだから。
 毛先とかは一応、揃えておかないと……ね?



 今朝も同じ列車で、朝の放送室で。
 アイツとふたりきりで、話せる時間はない。

 だから、わたしは。
「あ、あのさ……」
 教室に向かう一年生の廊下で。
 きょうこそはアンタに相談があると、伝えようとしたのに。

「高嶺、悪いんだけどな……」
「えっ?」

 ……鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)と、話しがあるから。

 放課後は、先に部室にいってくれと。
 わたしはアイツに『断られた』。


「ん? どうかしたのか?」
「な、なんでもない……」

 わたしより、ずっと付き合いの短い同級生。
 四年間一緒に過ごしている、このわたしより。
 ついこの前きたばかりの、同じ部活のあの子と話すほうが。
 アンタにとっては、大切ってことなわけ?

「なんと、奇遇だねぇ。わたしもウナ君に、相談したいことがあったんだよ〜」
 あ、そうなんだ。

 ……っていうか、一年生の廊下。

 最近三人でいつも、歩いてたもんね。
 ありがとう、夏緑。

 わたしが『邪魔してたって』、教えてくれたんだね。
 いつのまにかふたりが。
 そんなに、近かったなんて……。
 わたし……。
 ちっとも知らなかったよ……。


 ……だから次の、休み時間。

 たまたま、『その子』と会ったとき。

「えっと、高嶺由衣さん……」
「あ、あぁ。こないだの話しだよね?」
「うん……」
「ちょっと、前向きに考えてみるね」

 わたしは、アイツに相談する前に。
 そう勝手に、回答した。

 もう、あとはどうにでもなればいいから。
 そう思ってわたしは、『その子』に返事をした。





 ……迎えた、放課後。

 ウナ君が、真面目な顔でわたしを見る。

「鶴岡さんと話すのに、適切な部屋かは微妙だけれど……」
 非常に、プライベートなことだからと。
 ウナ君はそういって。

 ……ひと気のない『その部屋』に、わたしを連れてきた。


「ねぇ? いったいどんな話しを、するつもり?」
 なんだか、いいにくそうなその顔に。
 たとえ聞いても、答えにくそうな顔に。
 わたしから、聞くしかないと思った。

「部活のことじゃ、なさそうだけど?」
「ま、まぁ……」
「わたし自身について、とか?」

 ……ウナ君は、小さくうなずくと。

「僕の苦手、というか……」
 非常に不得手な、『恋愛のこと』だけれど。

「十二月、というか。『クリスマスの前』には……」
 話しをしないといけないから……と。

 とても真剣な顔で、わたしを見つめてきた。





 ……よりによって、きょうが日直だなんて。

「えっ、月子(つきこ)?」
「あとで日誌は書くから。カバン、お願い!」
 事情を知らない陽子(ようこ)に、あとはまかせて。
 わたしは、海原くんのいる部屋へと急いでいる。

 夏緑の心に、まさかあの海原くんが。
 こんなに短期間で、『深入り』することになるなんて。


 ……恋とか、愛とかなんてよくわからない。


 それに『クリスマスの前』という時期が大切らしいけれど。
 それにしても、この展開は急すぎる。

 本当にわたしが、『ふさわしい』のかなどわからない。
 ただ、いまはとにかく。


 海原(うなはら)(すばる)と、夏緑のふたりだけにはしておけないから……。


 渡り廊下の、カエデの木の近くを抜けて。
 体育館に向かっている集団のあいだを、縫うようにして。

 その先にある、講堂へ。
 講堂の中にある、機器室へ。

 わたしは、海原くんのいるその場所へと。
 どうにか、まにあせわようと。


「すいません、とおしてください!」


 ……必死で、駆けていた。