原さんが、もう一度こちらを見て。
「オラ!」
また僕を、威嚇する。
……なんなんですか。思春期? それとも反抗期とかですか?
「スペイン語で、『ヤッホー』じゃよ……」
あ、そういう意味か……。
急に『ガラ』が悪くなったのかと、心配しましたよ……。
それにしても、原さんって。
夏しか出てこない設定じゃなかったんですか?
もしかしてついに、お社が潰れたとか?
「クリスマスと聞いて、飛び起きたんじゃ」
もしかして、まだ寿命的に子供なのかな?
あと千年以上、神社に居座る気だったら。ありえるかもしれないけれど……。
「つまらん男じゃ。じゃから振られたんじゃて……」
「えっ?」
「なんでもない、聞こえんかったらそれでエエんじゃ」
原さんはボソボソと、なにかいってから。
「それで、サンタクロースについて。いったいなにを悩んでおる?」
まだなにも話してもいないのに、突然。
……ズバリと僕に、聞いてきた。
「『この時期』は、落ち着かない」
三藤先輩の、その理由。
要するに、先輩はいまだにサンタクロースを信じていて。
毎年どんなプレゼントが届くかソワソワしているのだと。
……先輩のお母さんが、僕に教えてくれた。
「それであの子は、いま幾つじゃ?」
「十六か、十七ですかね?」
僕がそう答えると。
原さんが、目はないけれど目を見開いたみたいな顔で。
「ま、まさか連載五作目なのに……」
「はい?」
「クワバラクワバラ……」
あの子の誕生日も知らんのか、みたいに聞こえたけれど?
いったい、なんていったのだろう?
「作者が、いつかのネタに置いてあるんじゃないですか?」
「お主、乙女の誕生日のイベント性。理解していっとるか?」
「いえ、ちっとも」
「まったく。絶望的じゃな……」
それから原さんは、誕生日について熱く語ろうとしたけれど。
「あの……話しがそれるので、元に戻りませんか?」
ここはなんとなく僕が、頑張った。
「あの子が欲しがるものって、『制服』か『本』なのよねぇ……」
三藤先輩のお母さんによれば。
制服と本をこよなく愛する先輩は。
昔からそれ以外、特に物欲がないらしい。
「あの子は、海原君が『よく』ご存知のとおり……」
小学生以来、最近まで友達もいなかったから。
先輩はサンタクロースの正体を知らずに、ここまできた。
「……だから、『クリスマスはよろしくね』といわれました」
「なにっ?」
原さんが、なぜか今度は驚いた声で僕に。
「ということは。ふたりはすでに『親公認』なのか?」
そう聞いてきたので。
僕は、はいと答えてから。
「サンタクロースについての重大発表を、ご両親に代わってするんですよ……」
先輩が信じ続けてきたその存在を否定するのは、相当気が重いのだと。
正直な気持ちを、打ち明けた。
「……アホ、なのか?」
「先輩がですか? めちゃくちゃ成績いいですけど?」
「いや、お主のほうに決まっておる」
「まぁ先輩たちみたいに、学年トップを争うにはまだまだで……」
「もうええ、アホなのは十分理解した」
原さんは、そういうと。
なぜか同情したような顔で、僕を見ると。
「自由に本を買えるカードでも、靴下に入れたらどうじゃ?」
即物的ではあるが、現実的なアイデアを与えてくれたけれど。
「でも靴下って……サンタクロース色ですよね?」
「なにっ?」
あと、そのカードは波野先輩の家が本屋なので。そこで買ったらいいのかとか。
僕としては、先輩の靴下のサイズがわからない上に。
「せっかく靴下買っても、制服に色が合いませんよね?」
どんどん気になることが出てきたので、原さんに相談したのだけれど。
「……色々と『寒い』ので、また来夏な」
原さんには、冬はやっぱり堪えたのか。
帰りたそうな顔で僕を見るので、とりあえず。
「先輩のお母さんに、提案してみます」
そう答えて、お別れすることにした。
「あのな……頼むから。本人に、きちんと聞け」
原さんとしては。
靴下のサイズは、親ではなくて先輩に直接聞くのがいいらしい。
「……お主は来夏、生きとるよな?」
余命何百年かの人に、気をつかわれたようだけれど。
いったいどんな心配をされたのだろう?
「アディオス」
複雑な顔をした原さんは、そういうと。
姿があっというまに。
遠くに移動していて。
「やれやれ……」
最後にそんな感じで聞こえた言葉が、僕の耳の中に。
小さく響いて、消えていった。
……買い物を終えて家に戻ると、玄関に訪問者の気配が残っている気がした。
「あら月子、お帰りなさい」
そう答えた母親の表情は、特に変わりもなく。
家の中にはもちろん、誰もいない。
ただ、それでも。
馴染みのある気配が、残っている気がした。
「……どなたか、お客さまでも?」
わたしの質問に、母親は。
「『時間指定』で、届いたくらいかしら?」
玄関の段ボールを見てから、答えたものの。
それ以上は否定も肯定もしなかった。
翌朝、次の駅で海原くんと玲香が乗車して。
わたしは昨日の違和感の正体を、確信した。
「……昨日、母親となにを話していたのかしら?」
みんなより少し遅れて、部室から朝礼に向かう中央廊下で。
わたしが海原くんを捕まえて、質問する。
「あ、あのそれは……」
「……戻るわよ」
「えっ?」
「急用なので、わたしたち遅れます」
佳織先生、響子先生。
お互いの担任が同じ部活だと、こういうときは非常に便利だ。
「はいはーい」
「あら、まぁ」
おまけに、ふたりとも気にしていない。
いや、先生たちってこういうとき。
いつもわたしのわがままを、許してくれる。
……そう、思ったのだけれど。
「つぼみちゃん、かわせたらどうぞ〜」
「結構、しぶといからね〜」
「……えっ?」
放送室に、戻ろうとしたわたしたちの前に。
「はい、こっちにいらっしゃい」
寺上つぼみ。
先生たちの時代の、放送部顧問にして。
わたしたちの、校長が。
廊下の奥で。ご機嫌な顔をして、わたしたちを待ち構えていた……。
「……朝礼と授業をサボって、内緒話し?」
校長室のソファーに、海原くんと並んで座ると。
「教師たちもそこまで甘くはないわよ〜」
そういって、一枚の紙を差し出してくる。
「えっ……」
その、『部外秘』と記されたペーパーには。
わたしたち放送部員の成績一覧がまとめられている。
「こ、個人情報では?」
「そうよ、だから『部外秘』よ」
……あぁ、さすがあの先生たちの『育ての親』だ。
「部活外に見せないから、『部外秘』ですか?」
「ま、そういうことね」
寺上校長は、こともなげに答えると。
「冗談はこのくらいにして、本題に入るわね」
そういってから。
「クリスマス、あいてるわよね?」
……またまた働きなさいと、告げてきた。

