ピロピロと、聞き覚えのある音楽が聞こえる。
海底から少しずつ引き上げるように、暗かった視界も色を取り戻していく。
何度かまばたきし、すぐにスマホのアラームが鳴ってるのだと気付いた。

「う……?」

でも変だ。座ってたから目の前に広がるのは廊下の壁のはずなのに、教室の天井を見上げている。
あれ。床に倒れてる?
不思議に思って身じろぎをすると、目の前に影が降ってきた。

「起きたか」

艷やかな栗色の髪。長い睫毛。薄い唇。
人形か、ってツッコみたくなるほどの造形美。それが、鼻先が当たりそうなほどの距離にある。

非現実的過ぎてしばらく呆然としたが、膝枕をしてもらってることに気付いて飛び起きた。

「……ここどこですか?」
「空き教室。ドア開けたら廊下で寝てたから、中に運んだんだ」

立ち上がった少年は、片手に持っていた眼鏡を掛けた。

運んだって、どうやって?
めちゃくちゃ訊きたかったけど、気まず過ぎて無理だ。今も嫌な汗が滝のように流れている。
彼が先に目覚めたことも、彼の方から話しかけてきたことも、全部想定外。

接触するつもりも、認知されるつもりもなかったのに。

────あの人に、正面から見つめられている。

「あっ」

慌てて立ち上がったせいで、ポケットからスマホが落ちた。俺が手を伸ばすより先にスマホを拾われ、ずっと鳴ってる音楽を止められる。
「十七時にアラーム?」
辰野先輩は机の上に腰を下ろし、自身の膝に頬杖をついた。

「面白い時間に起きるんだな」
「……っ!」

言葉に詰まり、顔が熱くなる。何とかスマホを奪い返すと、彼は「俺も同じ時間にアラームかけてた」と言って、自身のスマホの画面を翳した。そこには確かに、アラームの設定時間が映し出されている。

そんなところでシンクロしたくなかった。
散々顔を見られてしまったけど、これ以上一緒にいたらマジでやばい。俺だって気付かれる前に早くここを出ないと。

「い、色々すみませんでした! じゃ」
「雅月」

踵を返したものの、足は凍りついたように動きを止めた。
彼の呼びかけは、頭の中を白く塗り潰すのに充分過ぎたから。

振り向かない俺に痺れを切らしたのか、辰野先輩はゆっくり歩いてきて、俺の前に立ち塞がる。

「久しぶり。元気そうだな」