母はマンションの住人である辰野さんと仲良しだ。ちょうど同世代で、同じ年頃の息子がいる。
そして、互いにシングルマザー。共通点が多い為よくお茶をしていたけど、母が仕事で多忙になってからは全然会えてないようだ。
母は鶏肉を揚げながら、懐かしそうに目を細めた。
「久しぶりにお話したいわ。それで、辰野さんがどうかしたの?」
「あ〜……この前久しぶりに会って。息子の、ほら……息子さんが、俺と同じ捺校だって教えてくれたんだ」
「本当!? 良かったじゃない!」
唐揚げをバットに乗せ、母は満面の笑みを浮かべた。
「全然知らなかった! ここに引っ越した頃、雅月はよく遊んでもらってたもんね。学校でも話せると良いわね!」
「う……うん」
とりあえず頷いた。
何も知らない母は上機嫌だ。でも、その話には続きがある。
「学校で会ったら挨拶するよ。でもあの人、すごいイケメンで絶対取り巻きみたいなのいるから、おいそれと近付けないけど」
「そうなの。そういえばかっこいい子だったもんね……学年も違うし、あまり話せないかしら」
困ったように笑う母に、つられて笑う。
挨拶……なんて、やっぱりできそうにない。
だって俺、彼に避けられてる可能性大だし。
でも出来上がった唐揚げはめちゃくちゃ美味くて、それだけで元気が出た。
辰野さんに聞くまでもなく、有名だから彼と同じ学校ということは少し前から知ってたんだけど……母には睡眠研究会のことも、眠り姫の噂も黙っておこう。知ったらどっちも卒倒しそうだ。
にしても、姫かぁ……。
大層な渾名をつけられて、彼も散々だ。
誰もが手に入れたいけど、近づき難い存在。
その眠り姫と同じマンションに住んでるってことも、絶対隠し通さないと。
喉元まで出かかったため息を白米と一緒に飲み込み、雅月は久しぶりに穏やかな夜を過ごした。
◇
「ねぇねぇ、辰野先輩のファンクラブってどうやって入るの?」
しかし、穏やかな期間は本当に数日だけだった。
眠り姫の非公式ファンクラブについて、何故か急に周りに聞かれるようになったからだ。
今も隣のクラスの女子二人に捕まり、頭上に大量の疑問符が浮いている。
「いや、俺は知らないよ。他の子に訊いたら?」
大体、何で俺に訊くんだ。警戒心マックスで返すと、彼女達は露骨にがっかりした。
「なーんだ。入川くんが入ってる……安眠部? だっけ。あれって辰野先輩のファンクラブじゃないの?」
「違うよ!!」
何故そうなる。驚愕しつつ、逆にそう思った理由について問い詰める。
彼女ら曰く、眠り姫のフォロワー拠点は俺の睡眠研究会の部屋になってるらしい。一体全体どうなってんだ。
放課後、超高速打ちで赤城先輩にメッセージを送った。
すると『眠り姫に研究室に行くよう毎日声掛けてたら周りが勘違いしたっぽい、ごめんね』という返事がきた。
オイィィ……!!
そんな軽いノリで勘違いされたら困る。当の先輩は一度も来たことないのに。毎回部屋に押しかけられて、あれ? 姫いないじゃん(舌打ち)って思われること間違いなしだ。
そして何より、俺の安眠も妨害される。先輩が来ないなら部屋を渡すこともできないし。
決めた。封鎖だ!!!!
これしかない。苦渋の決断だけど、睡眠研究会は今日で廃止する。
「矢代先生!」
「お。どうした、入川?」


