帰ろうよ、朋空先輩




彼は卒業証書を鞄に仕舞い、人差し指を宙に立てた。
けど俺はずっと心配していたことがあったから、身を乗り出して尋ねた。

「引っ越ししないの? だって、新しいお父さんの家は遠いって……!」

先輩は春から大学生だ。そして、辰野さんは着々と引っ越し準備を進めていると母から聞いていた。

肝心の朋空先輩は引っ越しについては何も話さず。てっきり、俺は両親についていくんだと思ってたんだけど。

「母さん達は引っ越すけど、俺は今の部屋にひとりで住む予定だよ。もし俺も行くなら、そんな大事な話しないわけないだろ? 大学もこっちだし」
「確かにそうだけど……じゃあ、ほんとにどこにも行かないんだね?」
「ほんと。お前を置いて行くわけないよ」

彼は淡々と言うけど、正直すごく心配していた。だから遠くに行かないと分かって、安心感から涙がこぼれてしまった。

「良かったぁ……」
「わわ。雅月……っ!」

周りが卒業のことで泣いている中、俺は全然違うことで泣いている。ちょっと温度差あって申し訳ないけど、嬉しくて仕方なかった。

「不安にさせてごめんな……」

朋空先輩は珍しくわたわたした後、俺を抱き寄せた。

「お前から離れたりしないよ。……ずっと、ずっと一緒にいる」
「……うん」

優しい声。優しい眼差し。
その全てに目を奪われ、袖で顔をぬぐった。長いこと佇んでいると、さすがに目立つ。校門前で抱き合ってるせいで周りの生徒が歓声を上げていたけど、今は気にする余裕もない。

「やっぱ、眠り姫先輩と入川先輩って付き合ってたんだ……」
「うん……」

ちらほら声が聞こえたけど、朋空先輩は可笑しそうに笑い、俺の手を引いた。周りに聞こえないよう、耳元で囁く。

「俺のお姫様は、お前だけだからな」
「……! 先輩ったら……」

時々不意打ちで気障なことを言うんだから。
顔がにやけそうになるのを堪え、彼の手を握る。

「俺も同じこと思ってるよっ。世界で一番可愛いんだから、そろそろ自覚持ってください」
「うーん。初めて知った」

すっとぼけてる先輩を軽く肘で押し、軽い足取りで門を抜ける。

明日から新しい日々が俺達を待ってるけど、向かうのはいつも同じ場所。

「帰ろ、朋空先輩!」
「だなっ」

大好きなひとと同じ方向へ向かえる。それは平凡で、一見当たり前で、……とても幸せなこと。
急いで躓きそうになる心を追い越すように、優しい風が吹き抜けた。