帰ろうよ、朋空先輩



でも、どれだけ考えても堂々巡りだ。

どんな事情があったにせよ、俺と久しぶりに会った先輩は嬉しそうだった。あの笑顔に偽りがあるとは思えない。

俺は今の先輩を信じたい────。

自分の気持ちを確認する為にも、心の中で呟いた。
改めて決意し、家のドアを開ける。

「ただいま!」
「おかえり、雅月。……って」

台所で冷蔵庫に食材を入れていた母は、俺を見ると目を丸くした。完全にフリーズしている。
「何、どしたの?」
「どうしたのって……アンタの方がどうしたのよ。朝と全然違うじゃない」
はわ!
言われてようやく気付いた。朋空先輩も受け入れてくれたから、結局チャラいスタイルのままになっていた。
「あはは。イメチェン? 明日はいつも通りだと思う」
「そう〜。先生に怒られない程度ならいいわよ。でも雅月が珍しいわねぇ」
母さんは布巾で手を拭いた後、こちらに寄ってきた。

「さては、彼女でもできた?」
「な、何で!」
「そりゃ、見た目気にしない子が変わり始めたら普通恋してると思うわよ。女の子は恋をしたら綺麗になるんだから」
「俺男」
「まあまあ良いじゃない。それより本当にできたの? その子が嫌がることは絶対しないで、大事にしなさいね」

もう彼女ができたこと前提で話が進んでいる。何だか否定するのも疲れてしまい、大人しく頷いた。
しかし、さすがは人生の先輩。いつもはのんびりしてるのに油断ならない。

見た目のことも、あながち間違いじゃない。彼女じゃないけど、彼氏はできたから。
考えたら嬉しくなって、思わず顔がにやけそうになった。母にばれないよう、慌てて退散し、夜ご飯の準備を手伝った。

「そういえば」
「んっ?」

春巻きには、やっぱりチリソースだ。
たっぷりつけて頬張ろうとした瞬間、母が手を叩いた。

「今日久しぶりにね、雪子さんに会ったの」
「えっ」

雪子さんとは、同じマンションの住人。朋空先輩のお母さんだ。

「すごい久しぶりじゃん。元気だった?」
「えぇ、すごく。久しぶりだから話し込んじゃった」

そう言う母さんは嬉しそうだったけど、やがて複雑そうに首を傾げた。

「ただ、ね……息子の朋空君、大丈夫かと思って」
「せっ……朋空さん? が、どうしたの?」

先輩のことを心配してる母に、胸がざわつく。
一体どうしたのか。バレない程度に食いつくと、母は俺を見て、静かに呟いた。

「雪子さん、再婚するみたいなのよ」
「あ。……そう……なんだ」

思わず顔が引き攣りそうになる。けど不審がられないよう、平静を保った。
再婚。……朋空先輩は、何も言ってなかったけど。

「新しいお父さんができるってことだよね。良い人なら……いいんだろうけど」
「そうね。でも難しい問題よね。どんなに良い人でも、突然知らない人が親になったら戸惑うものよ」

それはそうだ。頷き、春巻きを口に押し込む。
と言うのも、口が開いてると余計なことを訊いてしまいそうだったからだ。
何となく、母には朋空先輩と会い始めたことを言えなかった。

「それでね。雪子さん、引っ越しを考えてるんですって」
「引っ越し」

衝撃の連続でオウム返ししかできない。ひひひ引っ越しって……下手したらすごく遠くになるのでは。

そういえば先輩、夏休みに遠方の親戚の家に言ってたけど。あれって親戚じゃなくて、実は雪子さんがお付き合いしてる相手の家……とか。
思考が止まらず、もはや真顔で咀嚼するだけの生き物になった。

「ほぼほぼ決まりで他の方にも伝える予定だから、隠さなくていいって言われたんだけど。アンタは他の人には言わないようにね。……でも昔仲良しだったから、引っ越し前に挨拶はしてもいいかも」
「ウス……」

茫然自失とはこのことを言うんだろう。
春巻きを飲み込むのに酷く時間がかかり、途中からは味がよく分からなかった。

さっき母に言ったように……片親の再婚は珍しいことじゃない。今までの友人にもいたし、一緒に住んでもそれなりに上手く付き合えてる感じだった。
けど性別や年齢、元々の性格で全然感じ方は違うのだろう。どれほどのストレスが加わるかは、実際に経験してみないと分からない。

朋空先輩はメンタル強い方だけど、こればかりは何とも言えない。

部屋に戻り、ベッドに倒れる。次いでスマホを見つめ、息をついた。
恋人なんだから、用もなく電話しても良い気がするのに……家が近過ぎるせいで逆に遠慮してしまう。

「引っ越し……」

本当に話が進んでるなら、引っ越しのこともさすがに雪子さんから全部聞いてるよな。その上で、先輩は何も言ってこないんだ。

一刻も早く、先輩の口から聞きたい。けど……。