先輩は微笑み、俺の前髪を少し持ち上げた。
「雅月は、結局どんなカッコしても可愛いからな」
「先輩……嬉しいんですけど、先輩は俺に可愛いを連呼し過ぎですよ」
「へー……進堂も同じぐらい可愛いって連呼してなかった?」
う、何で分かるんだ。
図星の為たじろいでいると、先輩はやっぱりそうか、と言って俺の頭を撫でた。
「俺のこと見ていた奴ほど、お前に惹かれるのかも。俺達って、ちょっと雰囲気似てるしな」
「ええ!? 一ミリも似てませんよ!」
「いや、似てる。髪とかは違うけど……昔お前と歩いてた時に、大人にはいつも兄弟か訊かれてたの思い出した」
兄弟……。
そうだ! そう言われてみると確かに、知らない人から微笑ましい顔で見られていた。どっちがお兄ちゃん? と訊かれたこともある。
でも何故か、見た目の話と思えなかったんだよな。
朋空先輩は基本クールだし、てきぱきしてるし、俺と真逆だ。……よく考えたら、見た目が似ていた……ってことになる。
「でも小学生の頃の話だし、今は天と地ほどの差がありますよ。先輩って睫毛長いし、鼻高いし、とにかく顔面の殺傷力凄まじいんですもん」
「……お前は可愛いよ。でも俺ばっかり注目されたせいで、気付かれなかったんだろ」
どうかなぁ。朋空先輩の雰囲気は、俺と全然違う気がするけど。
「俺には赤城先輩をひっぱたくような度胸はありませんもん」
「赤城をひっぱたく? いきなり何の話?」
おぉ。やっぱり先輩、以前彼をはっ倒したことを本当に気付いてないみたいだ。
こういう鬼メンタルなところも俺と全然違うから、朋空先輩に惚れる人達は明確な理由があると思うんだ。
ていうか先輩、もう寝るモードに入ってる……。
久しぶりに色々話したせいか、先輩は俺を抱き締めたまま瞼を閉じた。爆速の寝落ちで、もう寝息を立てている。
学校に来るだけで体力を使い果たしてる。普通なら問題だけど、朋空先輩は疲れる理由があるんだ。
常に視線を感じて、近付いてくる人を敵か味方か見分ける作業をしてるから。疲れて、心もささくれることもあるだろう。
だからせめて俺だけは……絶対、朋空先輩の味方でいたい。
( くぅ…… )
朋空先輩を起こさないようポケットからスマホを取り出す。前みたいに寝過ごすことがないよう、アラームをセットした。
これで大丈夫。スマホを放り、先輩の胸元に顔を乗せる。
柔らかくて温かい。世界で一番安心できる場所。
幸せだ……。
どんどん彼にハマっていく。歯止めがきかなくなりそうで怖いけど、ここから抜け出す選択肢は見当たらない。
「……はは」
俺のことを可愛い可愛いって言うけど。……朋空先輩の寝顔は、ずっと見ていたいぐらい可愛かった。
◇
アラームはちゃんと十八時に鳴った。俺と朋空先輩は気持ちよく起床し、寝ぼけ眼で夜の学校を出た。
すっかり日が短い。夜に当たる風も、夏とは少し違う気がした。
「そういえば朋空先輩、夏は親戚の家に行ってたんですよね? 何か面白いことありました?」
「あぁ、親戚っていうか……」
先輩はそう言いかけて、口を噤んだ。
「……うん。地元のお祭りに行ったよ」
「へ〜。良いなぁ!」
「お、祭り好き? じゃあ来年は一緒に行こうな」
「はい!」
お祭りは大好きだ。でも、先輩の様子が少しおかしい気がして、そっちに意識が逸れた。
訊きたいけど、踏み込んでいい場所じゃない。
先輩は俺と同じでお母さんしかいないから、親戚と言うと多分母親方。
悩みとかじゃないと良いんだけど……先輩から話してくれるまでは、訊かないようにしよう。
「雅月、じゃあな」
「はいっ。おやすみなさい、先輩!」
マンションに到着し、エレベーターで別れる。
もういっそ同じ階だったら良いのに……。なんて考えてたけど、もしそうなら三年も顔を合わさずにいるなんて無理だったな、と思った。
三年の空白が空いてしまったこと。これは偶然なんかじゃなくて、必然だったように思ってしまう。
何でそんな風に思うんだろう……。
朋空先輩は、今ではこんなにも俺に優しくしてくれるのに。
でも、俺から近付くまでは絶対に近付こうとはしなかった。赤城先輩に言われて彼の様子を見に行こうとしなければ……均衡を崩さなければ、今も彼とは顔を合わさず、他人同士のままだった可能性がある。
だから時々不安なんだ。朋空先輩は本当に、俺とまた関わりたかったんだろうか。
きっかけがなければずっとそのまま、関わらなくても良い存在。そう思われていたんじゃないかと考えてしまう。
俺が朋空先輩に今まで関われなかったのは、何となく彼に避けられてる気がしたからだ。中学校に上がってから、一切顔を合わさなくなって……てっきり部活で帰りが遅いのかと思ってたけど、偶然彼が帰宅部だと知り、会いに行くことを躊躇するようになってしまった。


