一日が長過ぎる。放課後まで先輩に触れられないことがこんなにも辛いなんて……俺もやばいな。先輩中毒だ。
パーテーションの裏に移動し、先輩の胸に顔をうずめる。
いつものように頭を撫でてもらおうとしたが。
「雅月。朝と随分違うな?」
「わわ!」
視界が反転し、背中に軽い衝撃が走る。気付けば、ベッドの上に押し倒されていた。
ななな何だ?
混乱の中見上げると、朋空先輩は口角を上げた。口元は笑ってるけど、目は笑ってない。背筋にヒヤッとしたものを感じ、思わず端に寄ってしまった。
「先輩? ちょ、急にどうしたんですか?」
「どうしたはこっちの台詞。何だこのカフス。襟も全開にして……誘ってんのか?」
「いやいや、違うんです」
「何が違うんだ」
先輩は不満そうに零し、俺の襟に指をかけた。
「俺だけを誘ってるならいいけど。これだと他の奴らも誘ってることになるな。……どういうつもりだ?」
ヒエッ。
怖い。
いつかの恐怖がフラッシュバックし、全力でかぶりを振った。
心境的にはまな板の上の鯉だ。覆い被さる先輩の肩を押し、半泣きで説明する。
「ごごごごめんなさい……! こ、これには事情がありまして!」
「事情?」
眉間に皺を寄せる朋空先輩に、今日一日の経緯を話した。
俺のファンクラブなるものができたこと。
友達に舐められない恰好をしろと言われたこと。
それから、進堂先輩と知り合ったことも話した。
朋空先輩は最初こそ静かに耳を傾けていたけど、俺が進堂先輩に連絡先を渡したことを知ると関節を鳴らした。
「なるほど、進堂ね。良かった、すごく仲良いんだ」
「本当ですか? バキバキ関節鳴らしてますけど……」
「喧嘩するほど仲が良いってやつ」
先輩はにっこり答えたけど、絶対真逆の関係だ。
少なくとも、朋空先輩は進堂先輩のことを良く思ってないっぽい。
やっぱり連絡先を交換したのは迂闊だったかな。
でも俺もファンクラブのことは気になるし……何かあった時に進堂先輩の連絡先は知っていた方が良い気がした。
でも朋空先輩からしたら、そりゃ不安だよな。恋人のファンなんて、恋敵と一緒だし。
「朋空先輩、ごめんなさい……」
「……大丈夫。というか、毎回思うけど俺のせいだ。俺と一緒にいるから面倒事に巻き込まれる」
先輩は額を押さえ、ため息混じりに呟いた。
「お前に危害を加える奴がいないのが救いだけど……でも、ファンクラブはなぁ……」
「絶対すぐ解散しますよ。俺みたいなつまんない奴追っかけても何も楽しくないだろうし」
「そういう問題じゃないよ。共通のなにかを推す時、あいつらは頭の中で勝手に理想を作り上げる。集団心理ってやつだ」
それはつまり……対象にハマってるというより、推すことが目的になってるってやつか。推し活とかでよく聞く。
「集団でわーわー騒ぐのって楽しいんだよ。俺は違うけど」
「あはは。先輩はひとりで楽しめるタイプですもんね」
「そ。ま、俺のことはともかく。お前を追っかけてる奴らが暴走しないよう、進堂に見張らせとく」
朋空先輩はスマホを少しいじった後、俺を抱き寄せて頬をぐりぐり押した。
「俺はお前とのんびりしてたいだけなのに、周りはいつも騒がしいな」
「すみません……」
「だからお前は悪くないって」
先輩はそう言ってくれるけど、どうしても考えてしまう。
先輩みたいに本当に美人だったらいいけど、俺って超地味顔だし……そういうところでも、先輩のファンから恨みを買ってそうだ。
朋空先輩、今まで本当に大変だったんだな。
注目の的になるって、嬉しより怖いこと、苦しいことの方が多いって分かった。
好意も、行き過ぎると鋭利な刃物になる。笑顔で近付いてくる人が、服の下に刃を隠してることはままあるし……神経が尖って仕方ない。
( 笑顔で近付いてくる…… )
そう思ったとき、ふと遠い昔の記憶が流れ込んできた。
まだ小学生の頃。朋空先輩としょっちゅう遊んでいた頃に、すごく帰りが遅くなったことがある。
大人がたくさん来て、色々訊かれた。迎えに来た母の顔はひどく強張っていたが、俺を見ると安堵し、力いっぱい抱き締めた。
あの時、朋空先輩も一緒にいた。
でも、どうしてあんな夜まで一緒にいたんだっけ─────。
前屈みになり、瞼を伏せる。考えても考えても重要な部分が思い出せず、何だか苦しくなった。
「で、雅月」
「は、はい」
「お前、本当にこのカッコで過ごすの?」
朋空先輩はベッドに頬杖をつき、俺の髪を手櫛で梳いた。
「これはこれで可愛いから、別に良いんだけど。……お前が疲れないのかな、って思ってさ」
別に見た目に力入れたいわけじゃなかったんだろ? と尋ねられる。そこは全力で頷いた。
「寝癖そのまんまで学校に来ちゃうこともありました。でもいつもと違うカッコするのは楽しかったかな……」
とはいえ、毎日ちゃんとできる保証はない。カフスは館原のものだし、明日返さないと。
「友達が俺の為に考えてくれたことなんで。余力があるときはします!」
「そ。お前が良いなら良いよ」


