「入川頼む、この通り! 眠り姫先輩の連絡先教えて!」
「いや……がっつり個人情報」

学校の一日はくたびれるほど長いけど、それでも確かに進んでいる。長い夏休みを抜け、早くも二学期に突入した。

夏休み中は朋空先輩が遠方に行ってしまっていて、全然会えなかった。そこはちょっと残念だけど、放課後は会えるからいいとしよう。後は冬休みに期待だ。

でも先輩が三年生になったら、進路もあるしあまり遊べなくなるな……。

密かに考えながら、代わる代わるやってくる先輩のファンに対応した。
朋空先輩の人気は衰えることなく、新学期も盛り上がっている。しかし、俺の知らないところでまたまた恐ろしい団体が立ち上がっていた。

「入川、やばいぞ。入川雅月君を愛でる会が結成されたらしい」

のどかな昼休み。カフェオレを飲んだ直後だった為、盛大に噎せてしまった。
至って真剣な表情の館原に、詳しい話を訊く。

「今も眠り姫先輩がトップなのは変わんないけど、お前も少しずつ、でも確実にファンが増えていったらしいんだよ。何でも、イケメンの近くにいるから地味に見える不憫なイケメン風ってことで」

それは……悪口……?
口元を拭き、努めて冷静に考える。

「でもさあ、いくら可愛いからって、俺の入川を性欲のはけ口にされるのは困るわ」
「せっ!! オイ、変なこと言うなよ!」

真っ昼間から卑猥な単語を聞いて、取り乱してしまった。
しかし館原は腕を組み、深刻そうに続ける。

「で、だ。入川、ちょっとキャラ変していこうぜ。こういう時は舐められたら終わりだ。恰好崩して、近付きにくい感じにしろ」
「わわ、何すんだよっ!?」

突如前に引き寄せられたかと思えば、ボタンを外され、襟元を緩められる。セーターも脱がされ、耳にはちょっと派手なカフスを付けさせられた。それを見せつけるように、左側だけワックスで髪を上げられる。

「うん、中々良いんじゃね。少なくとも大人しそうには見えない」

館原は自身のスマホをミラーにし、俺に見せつけてきた。
「かわかっこいい! これからはこの感じで過ごせよ!」
「おお。確かに全然違う」
ちょっと手を入れただけでこんなに変わるなんて。地味に感動しながら、ふんふんと鏡を覗く。
ていうか、イメチェンアイテムを常備してる館原が一番侮れん。これが本物のパリピだな、と内心尊敬した。

「サンキュー館原。何か今の俺、過去一イケてる気がする」
「おう、その単純で素直なところがお前の長所だ」

ということで、館原プロデュースの恰好で過ごすことにした。どうせなら髪も少し染めたいところだけど、先生達から目を付けられるのはまずい。とりあえずこの辺で様子見しよう。

「えっ? あれ入川君?」
「何か朝と雰囲気違くない?」
「やばい、かっこいいかも……」

聞こえる聞こえる。
俺に注目してる女の子の声が。

今までは「可愛い」と言われることの方が多かったけど、館原に見てもらってからは確実に見られる目が変わっている。

しかし、言われる機会がないから全然知らなかった。かっこいいって思われるの、……イイ。

「おい、入川ってあんな感じだったっけ?」
「髪上げると違うなー」

しかも女子だけでなく、男子からも羨望の眼差しを受けている。朋空先輩が傍にいないのに。

……朋空先輩がいない?

ハッとして足を止める。俺はとんでもないことに気がついてしまった。

先輩抜きで、俺単体に魅力が生まれてるということ……?

朋空先輩には到底及ばないし、比べるのもおこがましいけど、とうとう俺の時代が来たってことか。
その日は放課後まですごく充実していた。時々通る踊り場の鏡に映る自分は別人で、心なしか堂々と見える。

尖った感じに見えるせいか話しかけられることは少なく。しかし、女子はきらきらした目で見てくる。最高過ぎる環境で、心の友と書いて心友の館原君に感謝した。