とは言え、これだけ完璧な男の人だ。指輪はしてないけど、絶対綺麗な恋人がいるに違いない。
鞄を肩に掛け直し、三人で一階まで下りた。昇降口のドアは閉めてしまってる為、靴を持って職員室から通じる玄関に来るよう言われた。普段は保護者や外部の人が通る為の出入り口だ。非常に気まずかったけど、靴を履いて振り返る。

「それじゃ、矢代先生……ありがとうございました」
「あぁ。気をつけて帰るんだぞ」

先生は腕を組み、爽やかに手を振った。が、

「あぁそうそう……悪いと思ってるなら、明日の昼休みに図書室の整理手伝ってくれると嬉しいなぁ」
「や、やります! やらせていただきます!」

結局罰があった。どんよりしながらドアを抜ける。
朋空先輩も続いてやってきたけど、先生は先輩にも声を掛けていた。

「辰野。ウチの入川を宜しくな」
「……はぁ」

校門を抜け、隣り合って歩く。烏龍茶を頬に当てながら、俺は朋空先輩を見た。
「先輩、何か先生と親しそうでしたね」
「あぁ……去年担任だったから」
「そうなんだ!」
それなら何か納得だ。矢代先生は、朋空先輩の扱いに慣れてそうだった。

それにしても、部屋に来たのが矢代先生で本当に良かった。他の先生だったらもっと説教されてたかもしれない。
最悪、親にも連絡……はないか。

「あれ」

ポケットに入れてたスマホがチカチカと光ってる。取り出して見ると、母からメッセージが来ていた。
「どうした、雅月」
「母さんから……帰り遅いけど大丈夫か、って」
部活をやってれば、帰りに誰かとご飯食べたりして遅くなるのは当然だ。でも俺はそうじゃない。
『今から帰る』と打って、返信する。するとすぐに『気をつけてね』と返ってきた。

何だかんだ言って、母も心配性だ。
思わず笑いそうになると、朋空先輩は俺の肩に寄りかかり、頬をつついてきた。

「お母さんを安心させる為に、早く帰らないとな」
「だ、大丈夫ですよっ。徒歩圏内だし、過保護なんです」

スマホを仕舞い、少しだけ歩くペースを上げる。車の眩しいライトに目を細めながら、夜の家路を急いだ。

今は唯一の家族。……だから、俺も力になりたいと思ってる。でもそれを直接言うのは気恥ずかしくて、態度で分かってほしいと思う時がある。
それ自体がとてもガキっぽくて、後々反省したりもする。我ながら本当に困った性質だ。

母はそんな俺のことを全部分かってる。一番の理解者だ。
強くて、しっかり者で。俺が、父さんを失った原因……と考える人ではない。

────分かってたはずだった。

「雅月」

先輩は俺の乱れた襟を直すと、耳元で囁いた。

「愛されてるな」
「もう……」

この人も、大概困ったひとだ。
顔か熱くて仕方ない。もう早く帰りたくて、先輩の手を引いてマンションへ向かった。
その日は帰ってすぐに母に謝り、遅めの夕食を作った。
ちょっと火加減を失敗したけど、母は楽しそうに笑っていて。

久しぶりに父さんのことを少し話して、父の写真の前に彼が好きだったという珈琲を淹れた。