目を逸らし続けていたことだけど、これからはもう少しだけ、母に父のことを訊いてみたいと思った。
「……ほら、脱水にならないよう飲みな」
先輩は蓋を開け、烏龍茶を俺の口元に近付けた。
泣きすぎて喉が渇いていたから、有り難く受け取る。両手で持ってゴクゴク飲んでいると、ものすごく視線を感じた。

「何ですか?」
「いやぁ……赤ん坊が哺乳瓶を必死に持ってるみたいで、可愛いなって思って」
「全然違いますよっ!!」

確かに変な持ち方をしてしまったけど、彼はいつも発想がぶっ飛んでる。
そして、それとは別に大声を上げたことを後悔した。
閉じていたはずの研究室のドアが開かれる。
驚いて先輩と振り向くと、その瞬間に明かりが点いた。

「入川。と、辰野か。こんな時間まで何をしてるのかな?」
「わわ! 矢代先生!」

現れたのは、担任の矢代先生だった。腰に手を当て、颯爽と中に入ってくる。
いつも通り綺麗な笑顔を浮かべているけど、それが逆に怖い。
「もう二十時。部活動の時間は過ぎてる」
「すすすすみません……! か、仮眠してたらアラームかけるの忘れちゃって!」
本当なんだけど、凄まじくアホっぽい言い訳に聞こえる。
立ち上がって頭を下げたけど、あることに気がついてギョッとした。

やば───────い。エアーベッド持ち込んでることバレた!

ここの活動内容はあくまで睡眠に関する研究で、当然ながら寝ることではない。なのにベッドを広げて寝過ごしたなんて言ったら、ほんとのほんとに惰眠をむさぼる会として認識される。

「ごめんなさい! と、時には自らが研究対象となることも必要でして! 入眠にかかる時間を調べてたんです。それにはあの、スマホのブルーライトってよくないですから! スマホの電源切ってて、アラームかけるの忘れてしまったんです!」
「目覚まし時計持ってきたらいいんじゃないか?」

せっかく俺が必死の言い訳をしてるのに、朋空先輩は横から余計なことを言った。

「寝具も大事なので、やっぱりこの調査をする上でベッドは必要だと思ったんです。あ、枕も……世の中ではとても重要だと思われてますが、俺はぶっちゃけ枕使わない方が熟睡できるタチです」
「でも、俺の腕枕だと秒で寝落ちしてたよな」
「先輩ちょっと黙ってろ……って思うんですけど、本当にすみません、矢代先生。睡眠研究会はなくさないでください……!」

両手を合わせ、半泣きで懇願する。
今のところ先輩が安心して眠れるのはここだけだ。今研究室を失うわけにはいかない。

矢代先生は一度だけ朋空先輩のことを見て、肩を竦めた。

「俺が巡回してて良かったな。……ほら、戸締まりするから早く出ろ」
「先生……」

俺と先輩は鞄を持ち、急いで部屋から出た。鍵をかけて、そのまま矢代先生に手渡す。
明かりを消し、改めて頭を下げた。

「入川が何をしたいかは分からないけど。とりあえず、研究会を続けようと決めた意思を尊重するよ」
「あ、ありがとうございます……」

なんて良い先生だろう。
かっこいいだけじゃなくて、優しい。先輩がいなかったら惚れてしまいそうだった。