「ねえねえ、聞いた? 眠り姫先輩が、男子をお姫さま抱っこしてたんだって!」
「聞いた聞いた。しかもそれが、最近先輩お気に入りの二年生だって」
「ファンクラブの人達殺気立ってるらしいよ。怖いねー」
……なんて会話を、今朝から何回聞いただろう。
ほんとに期待を裏切らない学校だ。昨日の放課後の出来事で、翌日の昼に拡散されてるなんて。
昼休み、雅月は人が来ない屋上階段に座り、コロッケパンを頬張った。
クラスメイトは皆優しいし、くだらない噂を嫌う奴らが多い。教室は安心できる数少ない場所だけど、ほとぼりが冷めるまで極力独りで過ごそう。
意外と肝が据わってるみたいで、もうお姫さま抱っこの噂を聞いても何とも思わない。いくらでも想像を巡らせてくれ、と思う。
結局、朋空先輩のことが大好きだから。周りがどれだけ盛り上がろうと、最終的にはどうでもいいと感じる。
( でもファンクラブの人達を敵に回すのは怖いか……? )
襲われたことはもちろん、嫌がらせされたこともまだない。でもいつ何が起きてもおかしくない状況にいることは胸に刻んでおこう。
ただ、赤城先輩達が密かに過激派を牽制してくれてることも知っていた。だから尚さら落ち着いているんだろう。
何だかんだ味方がいる。……優しい人達がたくさんいる。
それが分かっただけでも充分だ。
俺の高校生活は今さら目覚めたらしく、大あくびをしていた。
「入川、大変だぞ。さっきお前と眠り姫先輩がチョメチョメしてる漫画を描いてる女子がいた」
教室に戻ると、早速館原が青い顔でやってきた。
「も〜……何かお姫さま抱っこで盛り上がってる奴らもいるし。お前ら仲良いのは良いんだけど、程々にしろよ。ゲイと腐女子の栄養素になってきてるぞ」
そう。
館原の言うとおり……確かに、事態は変わりつつある。
今までは先輩だけが注目され、学校のアイドルとして人気を博していた。
ところがそこに俺という付属が現れた為、見事掛け合わせて楽しむ界隈が生まれたようだ。
いわゆるビ、ビーエルというやつ。
男同士で付き合ってるから間違いないんだけど、変に美化されてるのも恐ろしいと思った。
良いのか悪いのか、同性愛者が多いこの学校ではお祝いムードも漂い始めていた。俺と朋空先輩を公式カップルに仕立て上げることで、同性同士でばんばんイチャつこう、という謎の運動が広がっている。
でも、公式カップルって何ぞ。
「公式っていうか、公開、からの公認だな。周知されてこそ本物みたいな」
放課後、朋空先輩は研究室のベッドに勢いよく倒れた。彼が放った鞄が床に落ちてしまった為、机の上に置く。
「俺達を矢面に立たせることで、付き合いやすくなる奴らがたくさんいるんだよ。少し癪だけどな」
「そっか……ただ面白がってるんだと思ってたけど、助かってる人達もいるんだ」
不本意だけど、俺と朋空先輩にゲイ疑惑がかかることで、隠れて付き合ってるゲイカップルが過ごしやすくなる。
それは改善、になるんだろうか。誰の迷惑にもならないならいいけど……正直よく分からない。
「見ろ。この大量の貢ぎ物」
「わ。何ですか、コレ」
朋空先輩は、脇においていた紙袋を俺に差し出した。中にはたくさんのお菓子と、ジュースなんかも入っている。
「ひえぇ……バレンタインじゃないのにこんなに貰うなんて、やっぱり先輩はモテますね」
「違う。全部“恋人がいる”同性愛者からだ。感謝のしるしだと」
先輩は額を押さえて片手を揺らした。
どうやらこれは、先輩に対する御礼の品らしい。
学校の覇権を握っている朋空先輩が同性愛者で、しかも現在男の後輩と付き合っている。
そんな噂が流れたことで、既に付き合ってる同性愛者達は大いに喜ぶと。
「やる。俺は甘いの苦手だから食ってくれ」
「あ、ありがとうございます。多分一ヶ月分のおやつだ……」
有り難く受け取り、先輩の隣に座った。ドアの鍵はかけてるけど、念の為パーテーションを動かし、目の前を遮る。
「それより、すまない。こんな噂が立って……」
軽率にも程があった、と彼は手を胸の上に乗せた。
「大丈夫ですよっ。ゲイだと思ってても、皆それについて酷いことを言ってきたりしないんですよね。むしろ先輩とカップル成立したことに盛り上がって、祝ってくれてる感じ。……何だかんだ優しくて、感動してます」
「確かに、すんなり受け入れられてる気がする。逆に怖いけど……」
先輩は腑に落ちない様子で瞼を伏せた。色々不安に思ってるんだろうけど、俺は案外楽観的に考えていた。
だって血祭りになると覚悟してたのに、まさかの祝福祭りだったから。心配してる先輩には悪いけど、内心、タオル振り回してイェーイと踊りまくってる。
「多分、お前が可愛いから許されたんだな」
「先輩が美人だから受け入れてもらえたんですよ」
理由付けが超絶適当だけど、そういうことにした。俺達に集団心理が分かるわけもないので、真面目に考えるだけ無駄、という結論に至った。
「とりあえず……お前に何もなくて良かった」
「先輩は過保護だなぁ」
抱き寄せられて、大人しく彼の腕枕を借りる。
今までも何度かしているけど、今までで一番安心した。


