見張りの件は俺が泣き喚いてただけなのに。先輩に頭を下げさせてしまったことに、とてつもない罪悪感を覚えた。
( 俺達は……)
恋人と言うには歪で、問題だらけ。同性ということを抜きにしても、俺達の関係は普通じゃないと思った。
でも、だからって離れるという選択肢はない。
頭はもう、彼とどう過ごしていくかを必死に考えてる。
「俺の方こそ。取り乱したりして、すみませんでした」
コーラを両手で挟み、手のひらの部分で左右にくるくるさせる。
廊下で見守ってたことや、先輩の寝顔を盗み見したこと。どれも軽く飛び降りたくなるほど恥ずかしいけど、今となってはバレて良かったのかもしれない。
もう、先輩に隠し事をしなくていいんだ。
俯きがちにもごもごしてると、先輩はコーラを開けてくれた。
「取り乱してるお前も可愛かった」
「……っ」
頼むから忘れてほしい。
でもそう言ったら尚さら覚えてしまいそうなので、コーラを流し込んだ。
辛い。喉を焼くような辛さに、思わず涙が出る。
でも美味いんだよな。絶対やめられない中毒性がある。
ある意味先輩と一緒だ。
「……妬いてる先輩も可愛かったです」
「はは。さっきの仕返しか」
マンションの前でコーラを飲み干し、何となく時間を潰した。俺も先輩も、このまま帰るのが不安だったのかもしれない。
喉になにかつっかえたままで、それを取り除くまでは離れられなかったんだ。
「先輩」
「ん?」
「俺、先輩の為に色々したいと思ってて。でもそれがもっと悪い方へ進むこともあるなって、改めて気付きました。反省します」
ペットボトルを脇に抱える。通行人の邪魔にならないよう近くのベンチへ移動した。
「お前が反省することなんて何もない。全部俺の為なんだろ?」
「でも、それが空回ってて」
「俺が喜んでいても?」
先輩は俺の方を向き、前髪を持ち上げてきた。
「俺は、お前が危険な目に遭わないか心配なだけ。お前の安全さえ分かればいい……」
先輩の透き通った声はどんどん覇気を失くし、不時着した。
様子はいつもと変わらないけど、このときあることに気付いた。先輩はやたらと、俺の身の安全について零す。
何でだろう。なにか忘れてることがあるような。
「先輩、何か悩んでません?」
もう、いっそ訊いた方が早い。
変に遠慮してる方が後々困ると思い、尋ねてみたけど。
「いいや。お前と付き合えて、幸せでしょうがない」
といった回答が返ってきたので、とりあえず頷いておいた。
絶対何かあるだろ。
ほんとは朝までかかっても聞き出したかったけど、先輩の眠りを妨げるわけにはいかない。
でも教えてくれたら俺が解決するのに。
大事なところで全然先輩の役に立ってない気がして、もどかしくなった。
とは言え、無理に聞き出すのも違う。空になった缶をゴミ箱に入れ、振り返った。
「先輩。一応言っておきますね」
息を吸い、声を張る。彼の目を見ながら、力強く。
「俺は先輩のこと、大大大好きですから。……何があっても」
今日は、互いに隠していた気持ちを打ち明けた。だからこそ、これから抱くであろう気持ちも伝えておきたい。
とてもシンプルな告白。そして、決意表明。それを聞き、朋空先輩は前屈みになって笑った。
「あははっ。大胆になったな」
「そりゃ、俺ももう高校生なんで」
再会してからずっと子ども扱いされてるから、堂々と言い放った。
「朋空先輩を守れるぐらい強くなるから。……先輩もちゃんと、俺を頼ってください」
「……そうか」
俺は恋人の在り方はまだよく分からない。でも、少しでも苦しんでるなら助けたい。ひとりで抱え込むことだけはしてほしくなかった。
その想いが伝わったのか、先輩は顔を上げ、照れくさそうに笑った。
「お前もかっこよくなったな」
「え、ほんとっ? やったあー!」
「あ、やっぱ撤回」
「何で!?」
全てが手探りで、ちょっと歩いたらすぐ転ぶほど危なっかしい。
でもどちらかが転んだら、またどちらかが手を差し伸べればいい。そうして何度でも歩き出せる。
朋空先輩とはそうしてゆっくり進んでいきたい。焦らず急がず、俺達のペースで。
「さ。お腹空いたし帰ろ、先輩」
「……だな」
座っている先輩の手を引き、立ち上がらせる。
星は今日も瞬いて、俺達を遥か遠くから見下ろしていた。


