全身全霊で懇願すると、彼は足を止めた。どうしたのかと思ってると、そこにはひとりの男子生徒がいた。
彼は大きく口を開け、青ざめながら後ずさる。
「ひ……姫が、男をお姫さま抱っこしている……!!」
アカ───────ン。
さっき俺が思ったことを見事に代弁してくれた。謎の感動を覚えたけど、超絶やばい状況に置かれてることはすぐに分かった。
「ち、違うんです。これは……あ!」
何とか言い訳しようとしたけど、彼は翻り、ものすごい勢いで走り去ってしまった。
伸ばした手は力なく落ち、宙ぶらりんになる。
「最悪だ……お姫さま抱っこされてるところを見られた……」
「別に良いじゃんか。足挫いたってことにしな」
「それ説明する間もなく逃げられちゃったんですよ! あああどうしよう、明日には全校生徒に知れ渡ってるよ!」
先輩に抱っこされながら、頭を抱えて絶叫する。でも冷静に考えて、今この瞬間も見られたら相当やばい。
気持ちを鎮め、冷静に朋空先輩を見上げた。
「先輩。何でもするんで、下ろしてください」
「分かった」
この物わかりの良さ……。
無事に下ろしてもらったものの、俺の心はズタボロだった。
「雅月、大丈夫だ。俺が守るから」
先輩は優しく言ってくれたけど、本日二回目の台詞ということもあり、残念ながらあまり心に響かなかった。
むしろ恨めしい。唇を噛みながら、思わず彼を睨めつけた。
「……先輩、俺は自分の身は自分で守ります。だからお願いします。学校で変なことするのはやめてください」
「変なこと?」
「抱っこ! 抱っこ!」
急速な理解度の低下により、思わず地団駄を踏んでしまった。
ていうか、これじゃまるで俺が抱っこをせがんでるみたいな構図だ。何でこう上手くいかないんだろう。
先輩は俺に背中を向けている。顔は見えないけど、肩が揺れてるから絶対笑ってる。
ワタワタして、とにかく疲れた。
帰る頃にはすっかり目元の腫れも引いていたけど、マンションに着いたときはグロッキー。
「疲れた……眠い……」
放課後寝ることが楽しみだった俺の生活はどこへ行ってしまったんだろう。
神様、お願いします。どうか俺と朋空先輩に、平穏な日々をお与えください。
夏の星座を見上げて願ってると、自販機の前にいた先輩に名前を呼ばれた。
「雅月」
「はい……わっ」
振り向くと、キンキンに冷えたコーラを渡された。御礼を言うより先に、朋空先輩は頭を下げた。
「今日は、本当にごめん」
「……」


