順序よく説明する、という選択肢はもう俺にはなかった。情けないことこの上ないが……既に色々限界を迎えていたせいで、泣きながら叫んだ。

「だ、だって……っ! 先輩いつも無防備で寝てるから、ほんとに危なかったんだよ! 冗談抜きでもっと警戒心持って! 男に興味なかった俺でも、先輩の可愛い寝顔はずっと見てたいと思ったし。自分がどんだけ美人か、もっと自覚してほしい!! うああああ……てか怒らないって言ったのに、何なの!? 先輩の嘘つき! もうやだ、もう絶対信じない!」
「…………」

不安と悲しみが爆発して、最終的に逆ギレしてしまった。

こういう時、どう対応するのが正解なんだろう。感情ぶちまけた後で考えても仕方ないけど、しゃくり上げながらこぼれ落ちる涙を袖でぬぐう。

感情のジェットコースターだ。何だか気持ち悪くなってきた。

「おえっ……もう無理、帰る……」
「こら。まだ話は終わってないぞ」
「終わったもん……諦めたから試合終了」
「駄々っ子か」

ドアの鍵を開けようとしたものの、阻止されて壁に押し付けられる。
やっぱり、怖い。

先輩のこと、大好きだけど……何を考えてるのか全く分からない時があって。でもそれを訊く勇気もなくて、逃げたくなる。
無論、逃がしてもらえるわけもなく。両腕を掴まれ、見下された。

「怒鳴ったりして、悪かった。……お前に怒ったっていうより、自分にムカついてるんだよ」
「……自分に?」
「守らないといけない奴に守られてた。……自分が不甲斐なくて、さ」

朋空先輩は苦しげに顔を歪め、俯く。気付けば力は抜けていて、簡単に腕を振り解くことができた。
「お前を危険に晒していたこと。それに気付かなかったこと。全部が腹立たしくて、正直吐きそう」
「吐かないでください……」
「吐かないけど、触っていい?」
何故そうなる。
意味不明過ぎてフリーズした。そんな俺に構うことなく、先輩は俺の頬や頭をぐりぐりと触り始めた。

「はー、ちょっと回復した。めんどくさいことがたくさん起きるけど、精進あるのみ。だな」
「あの、先輩。大変申し上げにくいんですけど、先輩が学校で寝なければ全て解決します」

ほっぺを引っ張られながら正直に告げる。すると、先輩は気まずそうに視線を逸らし、笑った。

「正論だよ。でも眠いのは生理現象だからな。家だと寝られないし、許してくれ」
「どうして家だと眠れないんですか?」
「それは……一旦置いといて。これからは、学校でも寝る時間は減らすよ。俺が寝てる間にお前になにかあったら、それこそ困るからな」

先輩は眉間を押さえ、「全然駄目だ」と呟いた。

「眠り姫とか、ふざけた名前をつけられたと思ってたけど。これじゃ本当に、その通りになる」
「先輩……」

やっぱり気にしてたんだ。初めて普通の人らしい……じゃない。悩みを聞くことができて、何だかホッとした。
男なのに姫なんて、そりゃ嫌だよな。先輩は顔に出さないから分からなかったけど。

踵を浮かせ、先輩の顔を覗く。そして頬に軽くキスした。

「先輩、ごめんなさい。……俺も、本当は分かってました。見張りなんて、強くてしっかりしてる先輩は嫌がると思った。……だからこそ隠してたんです」

それでも役に立ちたかった。いらないと一蹴されることが怖かったから、これは俺の弱さだ。

「俺の独りよがりだったんです。先輩は何にも悪くないのに、逆ギレしてごめんなさい……」

大粒の涙が足元に落ちる。どれだけぬぐっても止まらなくて、本気で逃げ出したかった。
成長した姿を見せたいのに、先輩の前では情けないところばかり見られている。

もう呆れられ、愛想を尽かされて当然だと思った。ところが、離れようとした瞬間強い力で抱き締められる。

「お前は良い子過ぎる」
「へ」
「多分、もっと怒っていいところだぞ。独りよがりは俺の方だから」

先輩は俺を胸に押しつける。その手はわずかに震えていた。

「お前のことになると、急に周りが見えなくなるんだ。離したくないし、誰にも触られたくない。……さっきもそう」

最低だけど、と言って先輩は俺の手を握る。