帰ろうよ、朋空先輩



朋空先輩はこちらを見ず、足早に先を歩いた。廊下に倒れてる赤城先輩がとても不憫だったけど、彼を助ける余裕は俺にはない。というか、むしろ助けてほしいぐらいだ。

うわわわ……!

半泣きになりながら、大人しく歩く。最終的に連れて行かれたのは、何故かあまり使われてない一階のトイレの個室だった。

怖い。
壁に背を預けて俯いていると、案の定彼は低い声で告げた。

「雅月」
「はい」
「俺の目を見ろ」

はい(小声)、と返して恐る恐る顔を上げる。

朋空先輩は無表情で俺を見下ろしていた。
皆、聞いてくれ。美人の真顔が怖いというのは本当だ。命懸ける。

威圧が凄まじくて、一秒一秒が死ぬほど長い。多分、今この瞬間にも寿命が端っこから削られてる。

誰か助けて。怖いよおおぉ……。

まさか高二にもなって、こんなことで泣きそうになるとは思わなかった。
俺があまりにビクビクしていたからか、朋空先輩は頭が痛そうに瞼を伏せた。

「あのな……そんな怖がるなよ」
「ふぁい……」

怖がるなと言われても、先輩と二人きりという状況が辛いのだ。なんせ、ずっと隠してたことを知られたから。

「お前、俺が寝てる間いつも廊下で見張りしてたのか?」

恥ずかしくて知られたくなかったこと。
卒業までずっと隠し通そうと思ってたことを朋空先輩に知られてしまった。

「す、すみません。その……」

どうしよう。妙な間が空いてしまった。違うと言ってももう手遅れな気がする。
答えない俺に痺れを切らし、朋空先輩は俺の頬を両手で挟んだ。

「雅月。ほんとのこと言え。怒らないから」
「ほんとですか? ほんとに怒らない?」
「ああ。絶対怒らない」

先輩は頷き、静かに微笑んだ。
そうだ……確かに、先輩が本気で怒ったところは見たことがない。
どんな時も冷静で、誰よりも優しい。そういう人なのに、忘れていた。

鼻をすすり、もう一度すみません、と呟いた。

「そう……です。先輩の寝込みを襲う子がいたらやばいと思って、……ドアの前で見張りしてました」
「何してんだお前は! 危ないだろ!!」
「ああぁっ! 怖い!」

怒らないと約束したのに、光の速さで一喝された。
一緒に寝ようと言われたのに、廊下に出ていたのは俺だ。だから俺も先輩を裏切ったようなもので、間違いなく非がある。

けどそれは全部、先輩を守りたかったからだ。