どういうことか訊こうとすると、残りの二人も頭を下げた。歳下にこんな頼み方をするなんてただ事じゃない。

「すみません、話が読めないんですけど……姫って、眠り姫さんのことですよね? ええと、……辰野先輩」
「そう! あいつがさ、もう限界みたいなんだ。俺達もかなり頑張って守ってきたんだけど」

赤城というイケメンの先輩は、ため息をつくと両手で顔を覆った。

「辰野は三度の飯より寝るのが好きなんだ」

非常に深刻なトーンで、彼は続けた。

「でもここ最近、妨害がすご過ぎるんだよ。昼休みも放課後も、あいつと仲良くなりたい奴らが押しかけて。寝たいのに叩き起こされて、もうノイローゼになっちゃってんの」

なるほど……。
良かった、リンチされるわけじゃないみたいだ。
ひとまず安堵し、真面目にアドバイスを考える。

「うーん。起こされるのが嫌なんですよね? じゃ、耳栓してもらったらどうですか。高いけど、遮音性良いやつ紹介しますよ」
「いやいや、耳塞げばいいってわけじゃない。あいつ、美人だろ。力ずくで起こそうとする奴もいれば、仲良くなれないならせめて写真におさめたいって、盗撮する奴らもいるんだ」

赤城さんが言うには、以前姫を無理やり押し倒そうとした男までいたらしい。
そんなの恐怖だ。トラウマなんてもんじゃない。

そういえば俺も今朝体操着をコネコネしてたかもしれない男子を見たし。……思った以上に大変そう。

でも、何でそこで俺に助けを求めるんだ?
不思議に思ってると、彼はまた両手を合わせ、鬼気迫る表情で叫んだ。

「だから、あいつが安眠できる場所が欲しいんだよ。頼む入川君、あいつを君の部室に匿ってくれ!!」

それか!!

彼らが接触してきた理由に合点がいく。しかし顔は引き攣ってしまった。

「ぶ、部室とはちょっと違うかもです。部活じゃないので」
「同好会だっけ? 申請通ったんだし、同じだよ! 昼寝部だっけ?」
「睡眠研究会です」

スマホの画面を閉じ、ポケットに入れる。入川雅月は、ここで初めてため息を零した。
二年生の彼は、部活にも委員会にも所属していない。しかし唯一、同好会にだけ所属している。

メンバーは雅月ひとり。創設したのも雅月本人。睡眠について理解を深める(のが名目の)、睡眠研究会だ。

ちなみに借りてる教室には誰も入ってこないので、今や雅月だけの超プライベート空間と化している。

学校で堂々と寝たい一心でつくった同好会。申請するときも一蹴されるか説教されるかの二択だと思ったから、その時だけは海外の大学や専門家が発表した論文をレポートにまとめて教師にプレゼンした。

睡眠がいかに大事か。いかに健康や学習に大事か切々と説いた。その甲斐あって手に入れた大切な場所である。
この三年達は、どこかから研究会の噂を手に入れて接触してきたようだ。

「君がつかってる教室、暗幕かけててすごく寝やすそうだから。二時間レンタルとかで良いんだ、どうにか姫を助けてやってくんないかな」
「事情は分かりましたけど……先生に見つかったら、ちょっと言い訳が難しいです。なのでお試しから始めて、後々ちゃんと入会していただけるなら大丈夫かも……」
「ありがとう! それじゃあ姫にも言っとくよ! 仮眠部だっけ?」
「睡眠研究会です」

あれよあれよという間に話が進み、眠り姫を迎えることになってしまった。
赤城先輩と連絡先を交換し、残りの二人からはかたい握手を求められる(無言の圧)。

あ─────困った。

俺の超絶のほほんライフに終了の危機だ!

「入川君が優しい子で良かった〜!! ってかめっちゃイケメンだし、この学校じゃ色々大変だったでしょ。これからは俺達が守るから、何でも言ってよ!」
「あ、ありがとうございます」

確かに、小さなトラブルなら今まで何回かあったけど。自他ともに認める適当マインド故、大抵の困難はひとりで乗り越えてきた。

要領がいいわけではないけど、メンタルは強い方だ。好意だけ受け取って、先輩達とは別れた。

しっかし、悩む。

眠り姫……否、辰野先輩は確かに可哀想だ。できれば力になりたい。
でも睡眠同好会に来たら、彼と二人きり。あの暗く狭い空間で過ごさないといけない。

学校一のイケメンと? いやいや、無理。例え彼が熟睡したとしても、俺が低酸素状態になって死ぬ。


それに何よりも……あの人が、俺と顔を合わせたくないかもしれない。


頭を抱えながら自分の教室へ戻ると、一番仲が良い館原がやってきた。

「入川〜。大丈夫? さっきお前が三年生に引きずられていったって聞いてさ」
「あぁ、大丈夫。詰められるかと思ったけど、全然違った」

心配そうにしてる彼を安心させる為に、笑いながら椅子に座る。

「俺、睡眠研究会ってやってるじゃん? 放課後に姫……辰野先輩を部屋で寝かせてやってくれないか、って言われてたんだ」
「何だそりゃ。そんなに寝たかったら、家に帰って寝れば?」

その通りだ。だがその言葉は俺にも当てはまるからやめてくれ。

「家に帰るのも体力いるんだよ。授業終えて、小休止してから家路につきたいっていうの? 何があるか分かんないし、帰宅部だって命懸けだろ」
「ちょっと分かんないけど。それで、お前は部屋貸すこと了承したん?」
「したよ。断れる雰囲気じゃなかったもん」

表向きはにこにこして優しそうな人達だったけど、裏では分からない。スイッチ入ったら暴れることもあるし、長いものには巻かれることにした。

「ふーん……でも眠り姫が本当に来るかどうかは分かんないんだろ?」
「う、うん」

館原の言う通りで、そこは分からない。喋ったことないし。……学校では。

「じゃ、ナシになる可能性のが高い! あんま落ち込むなよ。最悪俺も協力するからさ」

頭をぐしゃりと撫でられる。
いつも明るく、前向き。太陽みたいにきらきら光って見える彼は、俺の密かな自慢だ。
さっきまであんなに不安だったのに、もう心が軽い。

「ありがと、館原」

友人の励ましに感謝しつつ、学校を出た。

いやー、今日は疲れた。
夕焼け色に染まる道を歩きながら、ふと考える。

あの人は、今も学校のどっかで寝てんのかな。

「ひとりで……」

俺と同じ。でも置かれてる状況が違いすぎる。俺は知名度と期待値ゼロの生徒だけど、眠り姫は確か成績優秀。才色兼備の学校の顔だ。

だから、何事も起きませんように。

心の奥底で密かに願い、しみる夕日に瞼を伏せた。