いつか報復に遭う気がして、背筋がぞくっとした。
まぁまぁ、仕方ない。そういうことも覚悟の上で朋空先輩と一緒にいるんだ。

死なば諸共……って言ったらちょっと武士っぽいけど。俺は許される限り、朋空先輩の傍にいたい。

「入川雅月くんって君?」
「は、はい」

それにしても、現実はドラマ並みによくできている。
平和な日常を願った途端不幸が降りかかるのはあるあるで、俺も頑張ろう、と思った途端に試練が訪れた。

眠り姫の連れ。もとい、お気に入り。
二年生の入川雅月について調べよう運動が始まっている。

ひとりになった瞬間を狙い、見知らぬ生徒達が話しかけてくるようになった。女子ならともかく、距離を詰めてくるのはほとんどが男子。しかも三年生も多く、それはそれは死ぬほど気まずかった。

「へ〜。思ったより真面目そうだな」
「ね。しかも可愛い」
「辰野がメロメロなのも分かるな」

……??

知らない三年生に囲まれ、頭のてっぺんから爪先まで見られている。彼らは最初こそ険しい顔をしていたが、最終的には「悪くないな」と言って去っていった。

こええ。何なんだ。

努めて平静を保ったものの、心臓はバックンバックン言ってる。情けないが品定めされたことより、リンチにされなくて良かった、という気持ちの方が先だった。
朋空先輩……いや、眠り姫のファンクラブは健在で、取り巻きに対してはかなりシビアに関わってるらしい。ある程度のビジュアルで、勉強も運動もできる優等生であることが条件だと言う。

誰が決めたか知らないが、考えが甘い。俺は勉強も運動もできないぞ。
唯一の特異点を上げるとすれば、朋空先輩と同じで眠ることが大好き。昼ご飯を食べたら必ず五分から十五分の睡眠を取るよう心掛けてるってことぐらい。
というか、そんな超プライベート習慣すら知られるようになった。

眠り姫と、睡眠への強いこだわりを持つ入川雅月。彼に取り入れば眠り姫とも接触できると触れ回る者まで現れ、俺の知名度は跳ね上がっていった。

「ねぇねぇ、あれが入川君だよね? 全然知らなかったけど、かっこいいね」
「ねー。でも眠り姫先輩より寝てるって噂だよ。恋人といるより寝たいんじゃない?」
「あり得る〜。惰眠研究会とかいうのひとりで立ち上げたらしいし」
「何それ。寝たいのかバイタリティあるのか分かんなくてウケる〜!」

聞こえる。今日も俺について、謎の噂や話し声が飛び交っている。
わかってはいたけど、やっぱ伝播って怖いな。
朋空先輩のときも冷たい人だとか、プライドが高いとか散々言われてた。俺もやっぱり少し高飛車なイメージがついてるみたいで、偶然肩がぶつかったりすると皆慌てて謝ってくる。

本当の俺は、意外に優しいんだ。なのに誤解されてる……。

ため息をつきながら廊下を歩いてると、久しぶりに赤城先輩に声を掛けられた。

「入ちゃん! 元気っ?」
「元気に見えます?」
「見えない。ごめん」

先輩は笑顔を消し、真剣な声で答えた。
「何か、本当にごめんな。入川君、今完全に時の人になっちゃって」
「いえ……朋空先輩と一緒にいるようになったのは事実だし、目立つポジションにいることも分かってます。自己責任ですよ」

赤城先輩が罪悪感を覚えてるようだから、慌てて笑いかける。本当に、これは誰のせいでもない。起こるべくして起こったことだ。

「でも、男から告白されることが増えました。穏便に断ってますけど」
「ほー……辰野と関わるまでは、全然なかったの?」
「ええ、全く」

二年生になるまで、時折視線を感じることはあったけど。直接アタックされたことは一度もなかった。
しかし赤城先輩は、それが不思議だと腕を組む。

「真面目な話、君めっちゃ美人だよ。だからファンクラブがなかったことが信じらんないね。空気薄いってこともないしさ」
「いやいや、俺目立たないように生活してたんで。でも先輩の隣にいて注目されるエリアに入っちゃったから、たまたまこうなったんです」

絶対そうだ。モデルだって同じだと思う。すごい綺麗なのに知名度が低い故にファンが少なくて、でもなにかをキッカケに急激に持て囃されるようになる。

「まぁ俺は、朋空先輩は半径一メートルに美白効果を掛ける能力があるんじゃないかと踏んでるんですけど」
「それは相当疲れてるな、入ちゃん」