「入川、何か最近いつも楽しそうだよな」
「え、そう?」
昼休み、売店で爆弾のようなおにぎりを二個買った。顎が外れそうなほど大きく、親の仇ぐらいぎゅうぎゅう握ったおにぎりなのだが、具の鮭たらこが絶品なので毎週食べている。
片手におにぎり、もう片手にお茶を持って、隣を歩く館原に振り返った。
「朝は眠いし、授業は全然分かんないし。正直絶望的だよ」
「いんや、そういうんじゃないんだよ。お前は大体笑顔だけど、最近はそれに輪をかけてテンション高めっていうか」
ハキハキしてるし、動きも俊敏だという。自分では分からないけど、周りにはそう見えてるんだろうか。
「眠り姫先輩の件で疲れてると思ってたけど。絶対良いことあったろ。……それも、その先輩のことで」
「え? な、何もないよ!」
非常に際どいところを突かれ、慌ててかぶりを振る。館原は勘がいい。俺と朋空先輩が最近一緒に登下校してることも知ってるし、先輩後輩以上の関係に見えてる可能性がある。
そして、同性愛者が多いことも分かってる。それはつまり、俺や朋空先輩が同性愛者、という推測にも辿り着きやすいわけで。
「もしかして、お前……」
館原は足を止め、怪訝な表情でこちらを見た。
やばい……怪しまれてる。
言い訳する為に、必死に思考を巡らせる。すると背後に誰かの気配を感じた。
「入川、彼女ができたんだろ?」
「わわ! あ、矢代先生……!」
軽く背中を叩かれ、思わず飛び上がりそうになった。危うくおにぎりも落としそうになったが、すんでのところでキャッチする。
現れたのは、担任の矢代先生だった。神出鬼没で、多分学校で一番人気があるイケメンの先生。彼は俺の反応を見ると、意味ありげに口端を上げた。
「先生は良いと思うぞ。何事も経験だし、今しかできないこともある。館原、お前もな」
「え? 俺ですか?」
「さっき教室でお前を捜しにきてる子がいたぞ。部活のマネージャーって言ってたかな」
「あ、そういや部費回収しに来るって言ってた! 失礼します!」
館原は一気に青ざめ、大慌てで来た道を走っていった。
「廊下を走るのはいただけないな」
「矢代先生、俺に彼女って……誰から訊いたんですか?」
「ん? 適当に言ったんだけど?」
怖怖尋ねると、矢代先生はあっけらかんと言い放った。てっきりなにか知られてると思ったから、愕然とする。
「何だ、本当にできたのか。図らずもカマかけたみたいで、悪いな」
「い、いえ……」
やっぱり油断ならない人だ。でも館原といたときは助け舟を出してくれた気もするし、よく分からない。
警戒してるのが伝わってしまったのか、先生は両手を上げて踵を返した。
「じゃあまたな。色んな奴がいるから、気をつけるんだぞ」
「色んな……」
その言い回しはやはり引っ掛かるが、彼相手に追及したら自分が墓穴を掘る気がする。諦めて、開けた口にはおにぎりを詰め込んだ。
「俺は……」
何も特別ななにかを望んでるわけじゃない。
ただダラダラ過ごして、授業が終わったら研究室へ行って、朋空先輩の寝顔が見たいだけだ。
でも、それはとても罪深いことに思えた。全校生徒の視線を独り占めする朋空先輩。その隣の特等席を俺が奪ってるのだから。


