「なあ。もう、一緒にいよう。……雅月」

名前を呼ばれる度、心臓が跳ねる。
俺を名前で呼ぶ人が学校にいないから、尚さら意識してしまうのかもしれない。

でも逆も然り。先輩を名前で呼んでる人は見たことがない。大体苗字か、姫の愛称。

そして、姫と言うにはカッコよすぎんか? というのが、個人の感想。

「で、ですね。一緒に……いますか。朋空先輩」

彼の隣に並んで歩く。すごい特権を手に入れてしまった気がする。意味もなく名前を呼んだりして、アホな俺は絶対浮かれてる。

訊きたいことはたくさんあるけど、とりあえず今は、傍にいられるだけで充分だと思った。



ただ一緒に校内を歩いてるだけで、ものすごい視線を感じた。先輩はこれをいつも一人で耐えてるのか。すごいな……。

すごいけど、やっぱり心配だ。
初めて一緒に学校から帰って、マンションのエレベーターで別れた。
その後もどこか浮き足立ち、一晩目ぇギンギンだった。結局、一睡もせずに朝を迎えてしまった。

「行ってきます……」
「行ってらっしゃーい」

倦怠感を抱えながら部屋を出て、エレベーターに乗る。

一夜明け、朋空先輩と話せるようになった喜びがじわじわ込み上げてくる。

俺なんかが先輩の傍にいたら色々迷惑かけちゃうかもしれないけど……それでも、これからはこっそり先輩を守ろう。なるべく目立たずに、陰ながらフォローするんだ。

改めて決意し、エントランスを出る。意気揚々と外に乗り出した俺の前に、彼が現れた。

「よう」
「うわああ!!」

そこにいたのは、眼鏡をかけた朋空先輩だった。
昨日会っていたとしても、自宅で三年以上出くわさなかった人に会うと結構驚くということを知った。自分でもびっくりするぐらい後ろに退いてしまい、先輩は苦笑する。

「会おうと思えばいつでも会えるに決まってるだろ。同じマンションなんだから」
「あぉ……っ」

心の準備ができなかったせいで、アザラシみたいにアオアオ言ってしまう。

「あ、おあようございます」
「おはよう」

二人で高校の方へ歩き出す。徒歩圏内だけど、時間はめちゃめちゃ長く感じた。

「と、朋空先輩。俺が捺高に入ったことは、いつから知ってました?」
「ん……去年の夏ぐらい?」
「余裕で半年以上経ってるし、俺より前に知ってたんじゃないですか。先輩も話しかけてくれたらいいのに」

さすがに酷いと思って頬を膨らますと、先輩は吹き出した。

「悪かった、拗ねるなって。……もう俺のことなんて忘れてそうだと思ったから」
「俺と全く同じこと思ってる……」
「だな。お互い杞憂だったと」

遠慮し合ってたんだ。
そう思うとものすごく時間を無駄にしたというか、……もったいないことをした。

再会したこと自体は、奇跡とまではいかない。
マンションから歩いて行ける距離の学校だ。たまたま同じ学力で、たまたま一個違いだったから、進路がかぶる可能性は高い。でも。

「……馬鹿したなぁ。俺、先輩に話したいこといっぱいあったんです。合唱祭のコンクールに出たこととか、修学旅行でした失敗とか、高校に合格した時のこととか。すぐに会って伝えて、一緒に笑いたかった」