俺が通う学校には姫がいる。

普通、姫と言えば綺麗な女の子を想像するだろう。でもウチの姫は全然違う。
綺麗は綺麗。だが誰も寄せつけない茨の姫だ。

笑ってるところを見た者は指で数えるほどしかいない。
二単語以上話してるところを聞いた者がいない。

寝ることが大好きで、昼も放課後も寝ている。最終的についた呼び名が「眠り姫」。

色々噂に尾ひれがついている気がするが、一番のツッコミどころを上げる。

性別:男。

痩せ型で長身、モデルかと思うほどのイケメンだ。その美貌故、こんな揶揄を含んだ渾名が定着した。

捺原高校の眠り姫は他校にまで知れ渡り、彼を一目見ようと校門前で待ち伏せる者まで現れた。アイドル同然の扱いに大混乱が起きそうなものだが、眠り姫は学校に大勢のファンがいて、彼らが牽制することで校外のトラブルは防げているようだ。

問題は校内だ。こちらは無法地帯で、秩序なんてない。眠り姫と関係を持とうとする者達が、時と場所を選ばず争いを繰り広げている。今朝も昇降口で言い争ってる生徒達がいた。

眠り姫の体操着を物色していた、とか何とか。
爽やかな朝から物騒なやり取りだ。あまりに酷かったら先生を呼ぼうかと思ったけど、幸い彼らは口論だけでおさまった。

しかし、冷静に考えてカオスである。口論していた二人は男。姫も男。

二人の男が一人の男を取り合ってるのだ。これはもっと深刻に捉えた方が良い気がする。

俺は無難にやり過ごして、テストも赤点さえとらなきゃいいと思ってた。青春も恋愛も興味ない。強いて言えば、寝たい。柔らかくて温かいお布団の中にいるときが一番幸せ。

そういう意味では眠り姫と共通してる。

「ねえ、私今朝辰野先輩見ちゃった!」
「うそー、良いなぁー!」
「もう超かっこよかったよ〜。放課後まで頑張れちゃう」

廊下を歩いてる最中、女子達のきゃぴきゃぴした会話も耳に入った。
もはらレアキャラ化してる眠り姫だけど、彼は三年生。俺は二年なので、接点はない。

このまま、ずっと関わらずに過ごすんだろうな……あの人と。

ところが、平和な日常にある日突然亀裂が生じた。


入川雅月(いりかわまさつき)君だよね。話があるんだ。ちょっと来てくれる?」
「え。な、何ですか?」


クラス替えして一ヶ月。帰りのホームルームを終えて廊下に出ると、三人の三年生に取り囲まれた。
「どこが良いかな。あ、体育館裏とか」
ひえっ。
場所のチョイスがやばい。どう考えてもボコられるパターンだ。

三年生の知り合いなんて全然いないし、目をつけられる心当たりはない。前世でなにかしでかしたんだろうか。

マジでやばいかもしれない……。

窮鼠猫を噛むの精神で、こっそりスマホを取り出し、緊急通報の画面を開く。これでなにかあればいつでもSOSを発信できる。

「あの、すみません。今日バイトあるので、あまり長い話はちょっと……!」

バイトなんてしてないけど、怖すぎるので控えめに声を掛ける。体育館前まで来たところで、グループの中心らしき男の先輩が振り返った。

「そっか。ごめんね、じゃあ単刀直入に言う」

ずっと視線を腰あたりにしてたから気付かなかったけど、この人もかなりイケメンだ。
思わず見惚れていると、彼は両手を合わせ、突然頭を下げた。

「頼む。俺らの代わりに姫を守ってくれ!」
「え」