氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 それから数日後。紗良は伯父に、屋敷の奥の間に呼ばれていた。

 「ご用と伺いましたが」

 「先日、黒須夜刀様がうちに訪問されたのは知っているな」

 紗良は頷く。

 痛々しく包帯を巻いた姿と、凛とした銀色の瞳は忘れられるはずもない。頬に触れられたことまで思い出してしまい、慌てて打ち消した。

 「年末に、皇都の北境で妖魔の大規模討伐があったのは知っているか? 中央妖魔討伐隊の方々も出陣したのだが、結構な被害が出てしまったそうだ」

 妖魔という言葉に、紗良は表情も変わらない口元を押さえた。

 妖魔の話を聞くと頭痛がする。ズキズキと痛むこめかみを押さえたが、伯父は紗良を心配するそぶりすらなく先を続ける。

 「まあ怪我人は出たが、幸い命を失うほどの方はいらっしゃらなかったのだ。だが、装備品がかなり失われたようで、守布の出荷を多めに調整してほしいそうだ」

 「もっと守布を織るようにというお話でしょうか」

 「それもあるんだが……」

 伯父は口ごもり、落ち着かない様子で顎髭に触れてから再度口を開く。

 「……実は、黒須様から綾子との縁談についての連絡があったのだ」

 「縁談……綾子さんと……」

 胸の奥にチリッと痛みが走った気がした。

 「ああ。どこで見初めたのか知らないが『御息女との顔合わせの席を設けてほしい』と頼まれてしまってな」

 伯父は困ったように深々とため息をついた。

 「黒須様が顔に包帯を巻いていたのを覚えているだろう。先の討伐で大怪我を負ったらしく、顔に痕が残る上、片目は失明の可能性も高いらしい。綾子は顔に傷がある男とは結婚したくないと言い張るのだ。あそこまで嫌がられてしまうと、これ以上説得もできなくてなぁ……」

 やれやれとばかりに伯父は肩をすくめる。

 一般的に娘の結婚は親の一存で決めるものだが、綾子に甘い伯父は嫌がるような結婚はさせたくないのだろう。

 「断ってやりたいが、相手が格上なだけに難しい。黒須様は若いが、代々中央妖魔討伐隊の隊長を務める黒須家の御当主だ。こちらから断れば角が立つ。それで、お前が綾子の代わりに顔合わせに出てくれないか」

 「わ、私が、ですか」

 「養子とはいえ、お前も織井家の血を引いているのだ。あちらだって話が違うと怒りはしないだろうさ。愛想はないが、母親の絹子に似て見た目も悪くない。案外、お前でもいいと言ってくれるかもしれんからな」

 紗良の鼓動が早まるのを感じる。夜刀のことを思い出すと、不思議と胸が温かくなるのだ。

 (あの人に嫁げるかもしれないの……?)

 しかし、同時にこめかみが疼くのを感じた。

 紗良の記憶は欠落しているし、感情も表に出せないままで、今も驚きが表情に現れることはない。『心まで凍てついて、人間の感情なんてないんでしょう?』という綾子の言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 こんな自分があの人に気に入られるはずはない。

 「でも――」

 「別にお前が気に入ってもらえるとは思っていない。あちらから穏便に縁談を断ってもらうための口実だ。顔合わせは二週間後に決まったから、頼んだぞ」

 紗良は発言を遮られ、それ以上なにも言えない。

 「……わかりました」

 そう答えるしかなかった。