そして数日後。紗良は中央妖魔討伐隊本拠地にある隊長室に呼ばれていた。

 「結果が出た。紗良が補修をした軍服を着ていた隊員は、全員が三日以内に完治する怪我のみ。()んだ者もいないどころか、もうどこに傷を負ったかわからない者が大半だった。そして補修をしていない軍服だった隊員もほとんど軽傷だったが、完全に傷が塞がるまで、通常通り一週間から二週間程度かかり、傷痕も残っている」

 その結果が示すのは、紗良には本当に治癒の能力がある、ということだ。

 「信じられません……」

 紗良は口元を手で押さえた。まさか自分にそんな力があるなんてと、受け入れがたい気持ちでいっぱいだった。

 「だが、信じてくれ。これまで、癒神の加護を持つ治癒師は前線に一緒に行く必要があり、常に危険が伴っていた。けれど、守布に癒しの効果を付与できるのなら、君は危険な場所に向かわなくていいし、多数の隊員が常に治癒の効果を持ったまま行動できる。すごい能力なんだ」

 「でも……私はどうすればいいのでしょうか……」

 実感が湧かないどころか戸惑いの方が大きくて、紗良は俯く。

 「俺は紗良になにがしかの責任を負わせるつもりはない」

 「紗良さんには、守布を使って隊員が身につけられるお守りを作ってほしいのです。とりあえず実験するくらいの軽い気持ちで、隊員の命を守るために協力していただけませんか?」

 立花からそう言われ、『守る』という言葉にハッとする。

 紗良は、自分には守布を織る以外なにもできないと思っていた。けれど……。

 「私に……皆さんを守ることができるんですか?」

 「ああ」

 夜刀はその通りだと示すように、紗良の肩に手を置く。

 紗良は両親を失い、助けに来てくれた夜刀の父親も死んでしまった。

 ひとりだけ生き残った紗良は、彼らの犠牲の上に生きている。記憶はなくても、無意識のうちに自分でもそう思っていたのだろう。ずっと息苦しいと感じていた。

 けれど、そんな自分にもできることがあるのかもしれないと、紗良の目の前がパアッと開けたような気がした。

 (私でも夜刀さんや、隊員の人たちの命を守れるなら頑張りたい)

 そう湧き上がる気持ちに突き動かされ、紗良は拳をギュッと握る。

 「わかりました。私にそれほどの力があるのか不明ですが、できるだけのことはやらせていただきます」

 そう言うと、夜刀は優しく目を細めて微笑み、立花は紗良に深々と頭を下げる。

 「ありがとうございます。とりあえず、今の話はあくまで仮説として、紗良さんに何種類かお守りを作成してほしいのです」

 紗良は前のめりに頷く。裁縫は得意分野だし、やる気にも(あふ)れていた。

 「一応、こちらで身につけやすいもののパターンを考えておきますね。守布も織井さんに連絡をして、用意してもらいましょう。この話は三枝くんや、他に信頼できる人にのみ共有しておきます」

 そう言って、立花は部屋から出ていった。

 とんとん拍子に話が進んでいるけれど、焦るような気分にはならなかった。

 (私にできることなら頑張らなきゃ……!)

 そう決意する紗良に、夜刀は優しい目を向けた。

 「ありがとう、紗良」

 紗良は、これまでと違い、弾むような音を立てる胸にそっと手を当てた。

 「私、嬉しいんです。夜刀さんの役に立てることができて」

 ずっと背負っていた重い荷物を下ろしたように、全身が軽い気がする。

 「夜刀さんには、たくさん救われてきましたから……」

 「俺こそ、君にたくさん救われているよ」

 夜刀に抱きしめられ、紗良の頬が熱くなる。さっきの高揚するドキドキとはまた別の、胸の中がキュンとするような甘酸っぱいときめきを感じていた。

 夜刀は紗良の顔を両手で包み込み、左目の下にある横並びの泣きぼくろを親指で撫でる。

 「夜刀さん、くすぐったいです」

 ふふっと息が漏れた時、唇の端がふわっと持ち上がった気がした。

 「紗良……今、微笑んだのか?」

 夜刀が切れ長の目を丸くして驚き、紗良は目を瞬かせた。

 確かに、ここしばらく感じたことのないほど頬が柔らかい感覚はあった。

 あまりに久しぶりすぎて、今のが笑うという感覚だったかどうか定かではない。しかし、これまでガチガチに入っていた力がふっと抜けたような気がしたのは確かだ。

 「わ、私……笑ってましたか?」

 「ああ。一瞬だったけれど……」

 夜刀の銀色の瞳に、じわっと涙の膜が張った。瞬きのたびにゆらりと揺らいで、キラキラ光っている。

 気がつくと紗良は、夜刀の腕の中にすっぽりと包み込まれていた。背中に回った夜刀の腕は熱いくらいだ。

 「……紗良」

 紗良は夜刀の胸元に顔を擦り寄せた。

 「愛している……ずっと前から。君が覚えていなくても、君の笑顔を俺は覚えている。これからもずっと愛し続ける」

 紗良は目を閉じ、夜刀の胸元に耳を当て鼓動の音を聞く。全身が温かく、幸せに包み込まれている気がした。

 「君を守ると誓うよ」

 「……はい」

 紗良は昔、夜刀に会ったことがあるという。その頃の紗良は笑っていたらしいが、今の紗良は覚えていない。

 同じように、あの雪の日に転びかけた紗良を支えてくれたこと、つげ櫛をくれたこと、何度も紗良を救ってくれたことは、今の夜刀はどれも覚えていないのだ。

 紗良は夜刀とこうして抱き合っている状況を、これ以上ない幸せだと感じていたけれど、それが少しだけ寂しかった。