「夜刀さん、似合いますか?」

 紗良は胸をドキドキさせながら、ワンピース姿を夜刀に披露していた。

 今日は夜刀も休みで、デートに出かける約束をしていたのだ。

 着ているワンピースは、以前、万智と一緒に出かけた際に買ってもらったもの。からみ織で透け感のあるストライプのニュアンスが入っていて、袖や裾にあしらわれたレースやリボンが可愛らしい。

 淡いグリーンの色味が爽やかで、裏地があって透けることもないので三月後半の今の時期にちょうど良さそうだ。

 万智と葵がよく似合うと絶賛してくれたワンピースだった。

 紗良としても素敵だとは思うものの、同時に、笑顔になれない自分が着たら浮いてしまわないだろうかと心配になってしまう。

 「紗良はなにを着ても魅力的だが、ワンピース姿も最高に可愛い」

 夜刀は、紗良の三つ編みに口づけをそっと落とす。

 「そ、そうですか?」

 ボッと顔が熱くなり、紗良は髪に結んだリボンを照れ隠しにもじもじといじる。

 今日のワンピースのイメージに合わせて、葵が緩めの一本三つ編みにしてくれたのだ。鏡で見た時は見慣れない姿に不思議な感じがしたのだが、夜刀が喜んでくれたことが嬉しい。

 「そのリボンもよく似合っている」

 「こ、これ、私が作ってみたんです」

 「すごいな。買ったものにしか見えなかった」

 リボンを作ったのは初めてだったが、なかなかうまく作れたので、夜刀に褒められ心がふわふわと浮き立つのを感じた。

 「紗良があまりにも可愛すぎて、人目のあるところに連れていきたくなくなる気持ちと、見せびらかしたい気持ちでおかしくなりそうだ」

 夜刀にしてはちょっと珍しい、どこか少年っぽい笑みを浮かべている。

 妙に機嫌がいい気がする、と紗良は首を傾げた。

 「夜刀さん、今日はご機嫌ですね」

 昨日、夜刀はどこかに出かけていたようだが、いいことでもあったのだろうか。

 「紗良と過ごせるんだから、機嫌がよくなるのは当然だろう」

 その気持ちは紗良にもわかる。デートのための準備をするのも楽しくて仕方なかったのだ。

 行こう、と手を握られ、紗良は手を握り返した。

 やってきたのは皇都内にある広々とした公園だった。繁華街のただ中にあるのだが、皇室の庭園を一般公開している公園のため、広い敷地を有し、まるでオアシスのような場所だ。

 公園の中は大きな池や芝生広場があり、花壇にも色とりどりの花が咲いていた。

 「綺麗……」

 木々や芝生の緑が日光に煌めき、生き生きと輝いている。

 「夜刀さん、連れてきてくれてありがとうございます」

 「紗良に喜んでもらえたなら嬉しいよ」

 天気もよく、公園に来ている人も多い。家族連れや夫婦、恋人同士らしき姿もあり、自分たちもそういうふうに見えているのかと思うと、少し気恥ずかしい。

 「紗良、足元に気をつけて」

 「あ、すみません」

 考えについ気を取られて木の根っこに足を取られそうになり、夜刀が差し出した腕に掴まった。

 紗良が躓きそうになったのは桜の木だ。まだ咲いていないが(つぼみ)が大きく膨らんでいて、来週には咲くかもしれない。

 「もうすぐ咲きそう。桜が咲いたら、お花見もしたいですね」

 「ああ。桜の名所に出かけてもいいし、うちの敷地内にも立派な桜の木があるから、花見会を開くのもいいかもしれないな。俺の子供の頃には、親睦も兼ねてよく季節の会を開催していたはずだ」

 「それは素敵ですね。万智さんや葵さんが張りきりそう。立花先生、三枝さん……それから琴葉さんも呼びたいです」

 先日のパーティーでは琴葉に申し訳ない態度を取ってしまった。まっすぐな性格のいい子だと思ったし、できれば、きちんと話して仲良くなりたいのだ。

 「楽しみだ。こんなふうに未来の話をできるのも、紗良のおかげだよ」

 夜刀は優しい声でそう言った。紗良の胸の中がじわじわと温かくなっていく。

 「……夜刀さんのためになれているなら嬉しいです」

 毎晩添い寝をすることで、夜刀の記憶は消えなくなった。こうして先の話ができるのは、紗良にとっても嬉しい。

 そんな話をしていると、紗良たちのすぐそばで女の子が走り回っているのに気づいた。何度も人にぶつかりそうになり、ギリギリのところですり抜けている。

 ハラハラして見守っていたが、女の子は出っ張った木の根に躓いて転んでしまった。「わああん」と大きな声をあげて泣いている。

 「まあ……可哀想に」

 紗良は咄嗟にその子に駆け寄り、助け起こした。

 「大丈夫?」

 四、五歳くらいだろうか。転んだ時に膝を木の根の尖った部分に引っかけたのか、ポタポタと垂れるくらいの出血がある。

 紗良は血を見て一瞬クラッとしたが、グッとこらえた。

 「親御さんは……」

 周囲を見回したが、それらしい人は見当たらない。

 「うぅ……お父さんも、お母さんも、いない……さっきまでいたのにぃ……」

 女の子は泣きじゃくりながら、やっとのことでそう答える。走り回っていたのも両親を捜していたからのようだ。

 「夜刀さん、迷子みたいです」

 「親を捜してやろう。その前に、膝を洗い流した方がよさそうだ。あっちに手洗い場がある。飲み水に使えると書いてあったから、衛生的にも問題ないはずだ」

 「そうですね」

 夜刀は冷静に周囲を見て、手洗い場を探してくれたようだ。

 「ほら、おいで」

 夜刀は優しい顔で女の子に背中を差し出し、おんぶした。

 (あれ、なにか……)

 ふと、紗良はこめかみが疼くのを感じた。痛いわけではないが、胸が切なく締めつけられたような、不思議な感覚がする。

 「紗良、どうかしたか?」

 「い、いえ。なんでもありません」

 紗良は慌てて頭を振って、先を行く夜刀を追いかけた。

 紗良は水で女の子の膝を軽く洗い流し、清潔なハンカチで押さえる。

 「紐かなにか……とりあえず、リボンでいいかしら」

 ハンカチが傷口からズレないように、紗良は三つ編みを解き、手製のリボンを巻いて包帯代わりにした。

 「早く治りますように……」

 紗良がそう言うと、女の子はピタリと泣きやむ。

 「すごおい! 綺麗なリボン結んでもらったら、もう痛くなくなっちゃった! お姉ちゃん、魔法使いなの?」

 大きな目をぱちくりさせ、首を傾げている。

 ハンカチで押さえただけだから痛くなくなるとは思えないのだが、女の子はすっかり平気そうだ。

 「泣きやんでくれてよかった。機嫌がいいうちに親御さんを捜してやろう」

 夜刀に耳元で囁かれ、紗良も頷いた。

 夜刀はもう一度女の子をおんぶをして、公園内を捜し歩く。

 「この子のご家族はいませんか?」

 そう声をあげつつ周囲をうかがうが、両親らしき人は見当たらない。そのまま公園の管理事務所までやってきた。ここなら、はぐれた家族が連絡しているかもしれないと思ったのだ。

 「あっ! お父さんとお母さん!」

 女の子が指差した先に、今にも泣きそうな女性と、その肩を抱いている困り顔の男性がいた。女の子の両親もすぐにこちらに気づき、胸を撫で下ろしている。

 夜刀は背中の女の子を下ろし、父親に引き渡した。

 「娘を保護してくださって、ありがとうございます!」

 「いえ、大したことはしていません。でも、転んでしまって。応急処置だけはしたのですが、念のため病院に行った方がいいかもしれません」

 女の子の両親は、膝の血が滲んだハンカチを見て眉を寄せた。

 「すみません……お嬢さんのハンカチとリボンに血が……」

 「気になさらないでください」

 新しいものを買ってお返しすると言う父親に固辞した。

 「それより早く病院に行ってあげてください」

 「やだっ! もう痛くないもん!」

 女の子は病院に行くのは嫌だと子供らしく駄々をこねている。

 「一応お膝を見てみようか。ね?」

 母親がなだめながら女の子の膝からリボンを解き、ハンカチを外した。

 「……あら、もう塞がってるわ」

 女の子の母親はキョトンとした顔をしている。

 「え?」

 さっき見た時は痛々しい傷に見えたのだが、紗良が女の子の膝に視線を向けると、母親の言う通り傷はほとんど塞がっている。出血もそれなりにあったにもかかわらず、どう見てもそんな傷には見えない。

 「お姉ちゃんが魔法で治してくれたの!」

 女の子の言葉に、両親はギョッとした顔になる。

 「も、もしかして、お嬢さんには癒神の加護があるのでしょうか?」

 「い、いえ、違います!」

 紗良は慌てて首を横に振った。

 「き、きっと、出血が多かっただけでそこまで深い傷じゃなかったんですよ」

 そう言うと、女の子の父親は納得したように頷いた。

 「そうですよね。癒神の加護を持つ方は、もうわずかしかいらっしゃらないって話だそうですし。改めて、娘を助けていただきありがとうございました」

 女の子の両親は頭を下げて去っていった。

 「あの子、痛がってなくてよかった」

 もう傷が塞がっていたのには驚いたが、あの女の子が笑顔を取り戻してくれたならそれでいい。そう考えながら、夜刀の方を振り返る。

 しかし夜刀は難しい顔をして顎に手を当てていた。

 「どうかしましたか?」

 「以前にもこんなことがあった気がして……。さっきの女の子に結んだリボンは、紗良が作ったものだったな。材料は?」

 「守布の端切れですけど。なにか問題がありましたか?」

 「いや、問題があったわけじゃないんだが……」

 夜刀にしては珍しい、すっきりしない言い方だ。

 「すまない。今日はこれで切り上げて、立花先生のところに行ってもいいだろうか」

 「ええ、構いませんけど」

 ひどく真剣な顔で見つめられ、紗良はおずおずと頷いたのだった。