夢を見ていた。大規模討伐の日に見た、怒った父の幻が何度も繰り返される夢。

 なにか叫んでいるけれど、紗良には聞こえない。なのに怖くて苦しくてたまらなかった。

 「――っ!」

 ガバッと跳ね起きる。息が苦しくて、ハアハアと肩で息をした。

 窓の外はまだ暗いから時刻はまだ深夜だろう。

 紗良はふうと息を吐いて冷や汗を拭う。暗闇に慣れた目に、隣で眠る夜刀が映った。

 「……紗良、どうした」

 紗良が隣で跳ね起きたせいで夜刀を起こしてしまったようだ。

 「起こしてしまってすみません。怖い夢を見て……」

 「いいんだ。ほら、おいで」

 眠いせいか、夜刀の声はいつもより不明瞭だ。大規模討伐から黒須家に戻ったばかりで疲れているのに申し訳ない。

 紗良は夜刀に抱き込まれ、布団の中に戻る。冷えた手足が夜刀に温められるが、いつものように安らかな眠りは訪れない。

 紗良はすっかり()えてしまった頭で、綾子に言われた話を思い出していた。

 紗良がずっと父親だと信じていた人とは血が繋がっていなかった。しかも夜刀の父親は、紗良を助けるために死んだのだという。それを考えると、横になっているのに、まるで足元の床がなくなって奈落の底に落ちていくように錯覚する。

 紗良のせいで、夜刀や万智から大切な人を奪ってしまった。それどころか、その事実すら、紗良は忘れていたのだ。

 夜刀が急に戦神の刀を継承することになってつらい思いをさせてしまったのも、すべて紗良のせいだ。

 この話を夜刀は知っているのだろうか。

 「……大丈夫。もうここは安全だから」

 夜刀はそう呟き、紗良を抱きしめながら背中をゆっくり撫でてくれた。

 優しくて温かい、愛しい夜刀の手。

 きっと、大規模討伐に参加したのが怖かったのだと心配してくれたのだろう。

 しばらくすると夜刀は再び眠ってしまったようで、静かな寝息を立て始めた。

 綾子に言われた話を夜刀に伝えるべきだろうか。しかし、夜刀を傷つけてしまうかもしれない。

 夜刀が事実を知れば、この優しく温かい手も失ってしまうかもしれない。

 紗良の目に、じわりと涙が浮かぶ。

 (嫌だ……夜刀さんを失いたくない……)

 二度目の涙はひどく苦い。紗良の中で芽生えていた小さな恋心は、いつのまにか大きく膨れ上がり、寄生植物のように(つる)を伸ばして紗良をがんじがらめにしていた。

 紗良には夜刀の記憶を繋ぎ止めるという役割があり、離れることも許されない。

 (どうしたらいいの……)

 それから何日もの間、紗良はほとんど眠れない夜を過ごした。

 わずかに眠っては悪夢を見る日々。せめて夜刀を起こさないよう、布団の中で身じろぎもせず、眠ったふりを続けるしかなかった。