◇◇
今回の大規模討伐は、弱っているように見えた小型の神喰が突如として超大型に変貌したという臼井の目撃が発端だった。
成長する妖魔など聞いたことがない。それも、瞬く間にという話だった。
その異変を裏づけるように、それ以降、神喰に統率のとれた動きが見られていた。
成長したという超大型がボスになり、多数の神喰を率いているのかもしれない。禍山に入ってから相対した神喰の群れの動きもいつもと違い、どことなく知性を感じることもしばしばだった。
それでも討伐は順調に進み、夜刀は大型の神喰を追い詰め、あっさりと斬り伏せた。死体は泥状になり、地面に染み込んでいく。
それを見ながら、夜刀は首を傾げた。
報告にあった超大型というほどの大きさでもなく、特別強いわけでもなかった。これ以上の大きさの妖魔はどこにも見当たらず、今のが群れのボスだったとしか思えないのだが、どこか違和感がある。
顎に手を当て、思考を巡らせた。
「お疲れ様です、黒須隊長! 今の妖魔で最後です」
群れの神喰もすべて倒し終えたようで、三枝がそう報告してきた。
緊張が解けたのか、部下のひとりがケラケラと笑いながら言った。
「しかし、今の妖魔のどこが超大型だっての。臼井のやつ、調査の時には話を盛ったんですかねえ」
「そう言うな。もしあの規模の群れが結界を破っていれば、三年前の二の舞になってもおかしくなかった。未然に防げたのは臼井の報告のおかげだ」
「まあ、確かに。討伐での被害も少なくてよかったですよね」
夜刀を含め被害は少なく、大きな怪我を負った者もいない。
「それより、今回の妖魔、やけに弱くなかったですか? さっき爪にザクッとやられて、こりゃ縫うしかないと思ってたのに浅かったみたいで、ほら」
部下の腕には神喰の爪が掠めた傷があったが、もうほとんど塞がっている。
「そういえば俺もそうだな」
夜刀も何度か爪や牙で傷を負ったが、ほとんど立花の世話になっていない。
日記を読み返すと、前回の討伐では大怪我をしたらしい。その時と大違いだが、日記から読み取れる情報ではなにが違うのかまではわからなかった。
「前回となにが違うのだろうな……」
「前回、隊長はひどい怪我でしたもんね。左目も失明するかもって言われてましたし、視力に影響出なくてよかったですよ! それどころか傷痕も全然残ってないし、治るの早いですねぇ」
「今回、うまくいったのは、黒須隊長の記憶があったからでは?」
そうかもしれない、と夜刀は思った。前日の記憶があると、複雑な作戦を立てられるし、イレギュラーがあった時の判断も容易にできる。記憶のありがたみを強く感じていた。
「すべて紗良のおかげだ」
夜刀は左手首に結ばれた組紐の腕輪にそっと口づけた。紗良のことを考えると、体の奥底から力が湧いてくる気がするのだ。
「おっと、惚気ですか? そういうのは酒の席でお願いしますよぉ」
部下は笑い転げ、いい加減にしろと三枝から肘打ちをされていた。
そんなやりとりに、夜刀もふっと唇を緩めた。
「……あれ、黒須隊長、今、なにか光りませんでしたか?」
ふと、部下が目を細めて首をひねっている。
「妖魔の残党か?」
「いえ、黒須隊長の手首が光った気がしたんですけど……。腕輪も金属じゃないし、見間違いかなぁ」
夜刀も自分の手首に視線を落としたが、紗良からもらった組紐の腕輪があるだけだ。
「気のせいだろう」
「そうですね、失礼しました!」
「撤収準備、始め!」
三枝がそう号令を出している。
最低十日かかる規模の討伐を一週間で終わらせた。
(これでやっと、紗良と一緒に家に帰れるな)
とはいえ、結界の外に出るまでまだ気が抜けないと、夜刀は周囲の警戒に戻った。
今回の大規模討伐は、弱っているように見えた小型の神喰が突如として超大型に変貌したという臼井の目撃が発端だった。
成長する妖魔など聞いたことがない。それも、瞬く間にという話だった。
その異変を裏づけるように、それ以降、神喰に統率のとれた動きが見られていた。
成長したという超大型がボスになり、多数の神喰を率いているのかもしれない。禍山に入ってから相対した神喰の群れの動きもいつもと違い、どことなく知性を感じることもしばしばだった。
それでも討伐は順調に進み、夜刀は大型の神喰を追い詰め、あっさりと斬り伏せた。死体は泥状になり、地面に染み込んでいく。
それを見ながら、夜刀は首を傾げた。
報告にあった超大型というほどの大きさでもなく、特別強いわけでもなかった。これ以上の大きさの妖魔はどこにも見当たらず、今のが群れのボスだったとしか思えないのだが、どこか違和感がある。
顎に手を当て、思考を巡らせた。
「お疲れ様です、黒須隊長! 今の妖魔で最後です」
群れの神喰もすべて倒し終えたようで、三枝がそう報告してきた。
緊張が解けたのか、部下のひとりがケラケラと笑いながら言った。
「しかし、今の妖魔のどこが超大型だっての。臼井のやつ、調査の時には話を盛ったんですかねえ」
「そう言うな。もしあの規模の群れが結界を破っていれば、三年前の二の舞になってもおかしくなかった。未然に防げたのは臼井の報告のおかげだ」
「まあ、確かに。討伐での被害も少なくてよかったですよね」
夜刀を含め被害は少なく、大きな怪我を負った者もいない。
「それより、今回の妖魔、やけに弱くなかったですか? さっき爪にザクッとやられて、こりゃ縫うしかないと思ってたのに浅かったみたいで、ほら」
部下の腕には神喰の爪が掠めた傷があったが、もうほとんど塞がっている。
「そういえば俺もそうだな」
夜刀も何度か爪や牙で傷を負ったが、ほとんど立花の世話になっていない。
日記を読み返すと、前回の討伐では大怪我をしたらしい。その時と大違いだが、日記から読み取れる情報ではなにが違うのかまではわからなかった。
「前回となにが違うのだろうな……」
「前回、隊長はひどい怪我でしたもんね。左目も失明するかもって言われてましたし、視力に影響出なくてよかったですよ! それどころか傷痕も全然残ってないし、治るの早いですねぇ」
「今回、うまくいったのは、黒須隊長の記憶があったからでは?」
そうかもしれない、と夜刀は思った。前日の記憶があると、複雑な作戦を立てられるし、イレギュラーがあった時の判断も容易にできる。記憶のありがたみを強く感じていた。
「すべて紗良のおかげだ」
夜刀は左手首に結ばれた組紐の腕輪にそっと口づけた。紗良のことを考えると、体の奥底から力が湧いてくる気がするのだ。
「おっと、惚気ですか? そういうのは酒の席でお願いしますよぉ」
部下は笑い転げ、いい加減にしろと三枝から肘打ちをされていた。
そんなやりとりに、夜刀もふっと唇を緩めた。
「……あれ、黒須隊長、今、なにか光りませんでしたか?」
ふと、部下が目を細めて首をひねっている。
「妖魔の残党か?」
「いえ、黒須隊長の手首が光った気がしたんですけど……。腕輪も金属じゃないし、見間違いかなぁ」
夜刀も自分の手首に視線を落としたが、紗良からもらった組紐の腕輪があるだけだ。
「気のせいだろう」
「そうですね、失礼しました!」
「撤収準備、始め!」
三枝がそう号令を出している。
最低十日かかる規模の討伐を一週間で終わらせた。
(これでやっと、紗良と一緒に家に帰れるな)
とはいえ、結界の外に出るまでまだ気が抜けないと、夜刀は周囲の警戒に戻った。
