「紗良さん、大丈夫ですか、紗良さん!」

 肩を叩かれ、紗良はハッと覚醒する。いつのまにか天幕に戻ってきて、ボーッとしていたようだ。綾子とどう別れたのかも覚えていない。

 立花が心配そうに、紗良の顔を覗き込んでいた。

 「す、すみません。考え事をしていました」

 「少し顔色が悪いですね。診察をしましょうか?」

 紗良は慌てて首を横に振る。

 「い、いえ、大丈夫です。……少し疲れが出ただけです」

 綾子から聞いた話を立花に明かせず、そう言うしかなかった。

 「いつもと違う環境ですし、無理もありません」

 「あ、あの……立花先生は、夜刀さんを昔から知っているんですよね。夜刀さんのお父様のことも……ご存知なんでしょうか」

 紗良は遠回しにそんな話を切り出した。心臓がドキドキと嫌な音を立て、手は冷や汗でじっとりしている。

 「もしかして、なにか思い出しましたか?」

 「お、思い出したというほどではありませんが、三年前……妖魔に襲われた時、誰かに助けていただいた気がして。それって……」

 紗良の咄嗟の口実だったが、立花は優しげな顔を曇らせた。

 「紗良さん……夜刀さんのお父様の件は、どうか気に病まないでください。あれは誰のせいでもないんです」

 立花ははっきり告げることはなかったが、その言い方は紗良を助けるために夜刀の父が命を落としたことを肯定しているも同然だ。

 全身から血の気が引き、立ち上がりかけていた紗良は、再度座り込んだ。

 「それより、いい話がありますよ。もうすぐ夜刀さんが帰還します。予定の日程よりかなり早いですが、今回の大規模討伐は成功したそうです」

 「夜刀さんが……」

 紗良は弾かれたように顔を上げた。

 「ええ。大きな怪我もないそうです。撤収が済み次第、家に帰れますからね」

 それは純粋に喜ばしい。

 (早く夜刀さんに会いたい。でも……)

 どんな顔で夜刀に会えばいいのだろう。

 紗良は途方に暮れた迷子のように、ぼんやりと禍山がある方角に顔を向けることしかできなかった。