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 「は……? なによ、あれ……」

 その日、綾子は大規模討伐のための炊き出しに駆り出されていた。

 綾子に甘かった父親は、今ではすっかり口うるさい頑固親父でしかない。毎日女学校から帰ったら、あれをやれ、これをやれと家事や手伝いを強要され、守布を織る時間もしっかり取られて、日々苛立ちが積もっていた。

 なんでこんなことをしないといけないのよ、と不満に思いながら大量の食材を使用人たちと一緒に運び、食材を切った。それも終わり、やっと家に帰れると喜んでいた綾子の目に飛び込んできたのは、紗良の姿だった。

 遠目に見ただけでもわかる良質な着物姿で、織井家にいた頃とは大違いだ。温かそうなブランケットを羽織り、湯気の立ったカップを手に、若い隊員たちに囲まれ優雅に談笑をしている。

 近くに夜刀はいないので、おそらく前線に出ているのだろう。

 (夜刀様のいない隙に、イケメンたちとお楽しみってわけ……?)

 綾子の目には、紗良がイケメンを侍らせているようにしか見えなかった。

 綾子はもう、イケメン店員がいるカフェーには行けないというのに、と怒りがじわじわと湧いてくる。

 本当なら、あそこにいたのは綾子だったかもしれないのだ。いやむしろ、この状況を綾子に見せつけているのかもしれない。この寒い中、天幕に入らず外にいるなんて、そうとしか考えられなかった。綾子は拳を震えるほど強く握り込む。

 (だって、紗良が討伐に参加する必要なんてないじゃない。きっと夜刀様に無理を言ってゴリ押しで参加したんだわ!)

 しかし、どれだけ腹が立っても今の綾子にはなにもできない。苛立ち任せに足をどすどす踏み鳴らして帰宅した。

 炊き出しの手伝いに行ったばかりなのに、今度は納戸の掃除をやるように指示され、綾子は唇を(とが)らせた。(ほこり)叩きで乱暴に埃を落としていると、手元が狂って書類ケースに当たり、ドサドサッと音を立てて書類が乱舞する。

 「もうっ!」

 踏んだり蹴ったりだ。

 落ちた書類を仕方なく拾っていると、ふと見慣れた文字に目が止まった。

 「……これって」

 その書類に書かれた情報を見て、綾子はニヤッと笑う。

 「ふうん、これ、紗良に見せたら面白そう」

 綾子は両端の吊り上がった唇を手のひらで隠したのだった。