◇◇
お出かけから帰宅し、母屋で万智とお茶を飲んでいた紗良の元に、大慌てになった三枝が迎えに来た。
ただ事ではない様子に、夜刀になにかがあったのだと察する。
「な、なにがあったんですか」
「すみませんが、急いで一緒に来てください」
「は、はい!」
車に乗り込むや否や、急発進した。
「申し訳ありません。少し速度を出すので、説明は後で」
加速でギュンッと体に圧がかかるのを耐えるように、紗良は胸の前で手を握った。
黒須家から中央妖魔討伐隊の本拠地まではさほど離れておらず、十五分程度で到着する。
「こちらです!」
「あ、あの、いったいなにが……」
小走りの三枝を追いかけながら紗良は尋ねた。
「落ち着いて聞いてください。黒須隊長の記憶が消えつつあります」
「……えっ」
紗良は目の前が真っ暗になった気がした。足の感覚が遠く感じて、ふわふわの雲の上を走っているみたいに頼りない。
「ここです」
【医務室】と書かれた札が下がっている。
紗良はノックをするのも忘れて医務室に飛び込んだ。
「夜刀さんっ!」
「紗良さん、よく来てくれました。夜刀さんのところに!」
立花が白いベッドに寝かされている夜刀を指し示す。紗良は飛びつくように夜刀の手を掴んだ。
「紗良……」
夜刀は眠っていたわけではないようで、閉じていた目をパチリと開く。
「……頭痛がおさまった」
途端に、夜刀はムクッと上体を起こした。
「記憶の方は?」
「紗良が手を握ってくれた瞬間、消えていくのが止まった」
立花と三枝はホッとしたように息を吐いている。
夜刀はもうすっかり元気そうな顔で立花の質問に答えていた。
「やっぱりそうですか。推測が当たってよかった」
「あの……なにが起こったんですか……?」
紗良は意味がわからず、夜刀たちの顔を順繰りに見回した。
「ああ、紗良のおかげで助かったんだ」
夜刀は紗良に向かって微笑んだが、紗良の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。
立花は紗良に、夜刀の症状について説明をした。
なんでも、突然激しい頭痛が起こったかと思うと、記憶が消え始めたのだという。
「今日、おふたりは離れている時間が長かったでしょう。原因は長時間離れて織女神の記憶を留める力が薄れてしまったのではないか、と推測しています。頭痛が起きたのは、紗良さんと離れてから約十二時間後。その頭痛を境に、前日の記憶が少しずつ消えていったそうです」
消えていく記憶は留まらず、紗良が駆けつけるまでの一時間程度で六日分が消えてしまったらしい。
「そんな……」
夜刀にとって貴重な記憶が、そんなにたくさん消えてしまったなんて。
もっと早く到着できていたならと悔いたが、立花は励ますように紗良の肩を叩いた。
「紗良さんが急いで駆けつけてくれたから、たった六日の記憶が消えただけで済んだんですよ。元々、紗良さんのおかげで夜刀さんの記憶が残ること自体が奇跡なのですから。どうか、これからも夜刀さんをお願いします」
そうだ。一度起きてしまったことは、次は起きないように対応すればいい。後悔ばかりではなにも変わらない。
「もちろんです!」
紗良は大きく頷いた。
「紗良、頼みがある。今後も残業などで長時間会えない日があるかもしれない。そういう日には、昼などに少しでいいから時間をもらえないだろうか。束縛してしまってすまないが……」
「私がお役に立てるのなら喜んで。そうだ、遅くなりそうな日のお昼は一緒に食べるというのはどうですか? 私、お弁当を作りますから」
「ああ、いい案だ」
夜刀の六日分の記憶は消えてしまったが、習慣になっていた日記を続けていたおかげもあって、なんとか問題なく済むそうだ。
「いざという時のためにも、日記はこのまま書き続ける必要がありそうだな」
すっかり元気に見えるが、今日はもう休んだ方がいいということで、夜刀はそのまま帰宅することになった。
「紗良、今日は心配させてしまってすまなかった」
「いえ。それより早く帰りましょう。みんなも心配していますから」
万智や葵に夜刀の元気な顔を見せてやりたい。
「それに夜刀さんのためなら、私はできることをなんでもしたいんです。駆けつけるくらい、なんでもないです」
紗良は、夜刀の手を握ってそう言った。
「……ありがとう。俺も紗良になにかあったら、今度こそ駆けつける」
今度こそ、の意味はよくわからなかったが、紗良は頷いたのだった。
お出かけから帰宅し、母屋で万智とお茶を飲んでいた紗良の元に、大慌てになった三枝が迎えに来た。
ただ事ではない様子に、夜刀になにかがあったのだと察する。
「な、なにがあったんですか」
「すみませんが、急いで一緒に来てください」
「は、はい!」
車に乗り込むや否や、急発進した。
「申し訳ありません。少し速度を出すので、説明は後で」
加速でギュンッと体に圧がかかるのを耐えるように、紗良は胸の前で手を握った。
黒須家から中央妖魔討伐隊の本拠地まではさほど離れておらず、十五分程度で到着する。
「こちらです!」
「あ、あの、いったいなにが……」
小走りの三枝を追いかけながら紗良は尋ねた。
「落ち着いて聞いてください。黒須隊長の記憶が消えつつあります」
「……えっ」
紗良は目の前が真っ暗になった気がした。足の感覚が遠く感じて、ふわふわの雲の上を走っているみたいに頼りない。
「ここです」
【医務室】と書かれた札が下がっている。
紗良はノックをするのも忘れて医務室に飛び込んだ。
「夜刀さんっ!」
「紗良さん、よく来てくれました。夜刀さんのところに!」
立花が白いベッドに寝かされている夜刀を指し示す。紗良は飛びつくように夜刀の手を掴んだ。
「紗良……」
夜刀は眠っていたわけではないようで、閉じていた目をパチリと開く。
「……頭痛がおさまった」
途端に、夜刀はムクッと上体を起こした。
「記憶の方は?」
「紗良が手を握ってくれた瞬間、消えていくのが止まった」
立花と三枝はホッとしたように息を吐いている。
夜刀はもうすっかり元気そうな顔で立花の質問に答えていた。
「やっぱりそうですか。推測が当たってよかった」
「あの……なにが起こったんですか……?」
紗良は意味がわからず、夜刀たちの顔を順繰りに見回した。
「ああ、紗良のおかげで助かったんだ」
夜刀は紗良に向かって微笑んだが、紗良の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。
立花は紗良に、夜刀の症状について説明をした。
なんでも、突然激しい頭痛が起こったかと思うと、記憶が消え始めたのだという。
「今日、おふたりは離れている時間が長かったでしょう。原因は長時間離れて織女神の記憶を留める力が薄れてしまったのではないか、と推測しています。頭痛が起きたのは、紗良さんと離れてから約十二時間後。その頭痛を境に、前日の記憶が少しずつ消えていったそうです」
消えていく記憶は留まらず、紗良が駆けつけるまでの一時間程度で六日分が消えてしまったらしい。
「そんな……」
夜刀にとって貴重な記憶が、そんなにたくさん消えてしまったなんて。
もっと早く到着できていたならと悔いたが、立花は励ますように紗良の肩を叩いた。
「紗良さんが急いで駆けつけてくれたから、たった六日の記憶が消えただけで済んだんですよ。元々、紗良さんのおかげで夜刀さんの記憶が残ること自体が奇跡なのですから。どうか、これからも夜刀さんをお願いします」
そうだ。一度起きてしまったことは、次は起きないように対応すればいい。後悔ばかりではなにも変わらない。
「もちろんです!」
紗良は大きく頷いた。
「紗良、頼みがある。今後も残業などで長時間会えない日があるかもしれない。そういう日には、昼などに少しでいいから時間をもらえないだろうか。束縛してしまってすまないが……」
「私がお役に立てるのなら喜んで。そうだ、遅くなりそうな日のお昼は一緒に食べるというのはどうですか? 私、お弁当を作りますから」
「ああ、いい案だ」
夜刀の六日分の記憶は消えてしまったが、習慣になっていた日記を続けていたおかげもあって、なんとか問題なく済むそうだ。
「いざという時のためにも、日記はこのまま書き続ける必要がありそうだな」
すっかり元気に見えるが、今日はもう休んだ方がいいということで、夜刀はそのまま帰宅することになった。
「紗良、今日は心配させてしまってすまなかった」
「いえ。それより早く帰りましょう。みんなも心配していますから」
万智や葵に夜刀の元気な顔を見せてやりたい。
「それに夜刀さんのためなら、私はできることをなんでもしたいんです。駆けつけるくらい、なんでもないです」
紗良は、夜刀の手を握ってそう言った。
「……ありがとう。俺も紗良になにかあったら、今度こそ駆けつける」
今度こそ、の意味はよくわからなかったが、紗良は頷いたのだった。
