想定していた通り、息をつく暇もないほど忙しい一日だった。
懐中時計を取り出して時間を確認すると、もうすぐ夜の七時になろうとしていた。
朝七時には家を出たので、もう十二時間近く紗良と会っていない。
しばらく忙しくない時期が続いていたのもあって、紗良を家に連れてきてから、こんなに長く離れているのは初めてだった。
(紗良……早く会いたい)
残っている作業は上がってきた報告書を確認するくらいだ。
「三枝、報告書は――」
言いかけた夜刀は突然、頭に雷が落ちたのかと思うほどの激しい頭痛に襲われた。
「……う、ぐっ」
頭を押さえてその場にうずくまる夜刀に、三枝は慌てて駆け寄る。
「夜刀! どうした?」
「頭、が……」
尋常でない痛がりように、三枝の太い眉がひそめられた。
「臼井、立花先生を呼んでくれ! おい、担架を!」
「は、はいっ!」
そんなやりとりも、激しい頭痛でろくに聞こえない。しかし、数分で少しずつ痛みの波は引いていく。これならすぐに動けるようになるかもしれないと思ったところで、頭の中から昨晩の地震で紗良を庇ったという思い出がすうっと消えた。
(い、今……なにが……?)
夕食でなにを食べたか、夕方に紗良となにを話したか。昼には、朝には――そんなふうに少しずつ巻き戻りながら、記憶が消えていく。
目が覚めて記憶が消えていると感じる時と同じで、胸にぽっかりと穴が空いた感覚だけが残る。一気に消えるのではないから、余計に少しずつ記憶が消えていっているという恐怖と焦燥感が夜刀を襲っていた。
「夜刀さん、どうしましたか?」
「き、記憶が、消えていくんだ……」
即座に駆けつけた立花の声かけに、夜刀はそれしか言えない。
立花は顔を歪ませたが、すぐに切り替えたのか夜刀に質問をした。
「落ち着いて。昨日、夜間になにがあったか覚えていますか?」
「じ……いや、なんだったか……紗良と……」
話している間にも、また少し消えた気がする。
せっかく紗良のおかげで残った記憶が消えてしまう。紗良と過ごした思い出が――。
(嫌だ……消えないでくれ……!)
痛みよりもそっちの方がつらくて、夜刀は頭を押さえた。
立花は逡巡する間もなく、手近な隊員に声をかけた。
「……今すぐ黒須家に使いをやって、紗良さんを連れてきてください!」
立花の指示を受けて急いで走り去る誰かの足音が響いていた。
懐中時計を取り出して時間を確認すると、もうすぐ夜の七時になろうとしていた。
朝七時には家を出たので、もう十二時間近く紗良と会っていない。
しばらく忙しくない時期が続いていたのもあって、紗良を家に連れてきてから、こんなに長く離れているのは初めてだった。
(紗良……早く会いたい)
残っている作業は上がってきた報告書を確認するくらいだ。
「三枝、報告書は――」
言いかけた夜刀は突然、頭に雷が落ちたのかと思うほどの激しい頭痛に襲われた。
「……う、ぐっ」
頭を押さえてその場にうずくまる夜刀に、三枝は慌てて駆け寄る。
「夜刀! どうした?」
「頭、が……」
尋常でない痛がりように、三枝の太い眉がひそめられた。
「臼井、立花先生を呼んでくれ! おい、担架を!」
「は、はいっ!」
そんなやりとりも、激しい頭痛でろくに聞こえない。しかし、数分で少しずつ痛みの波は引いていく。これならすぐに動けるようになるかもしれないと思ったところで、頭の中から昨晩の地震で紗良を庇ったという思い出がすうっと消えた。
(い、今……なにが……?)
夕食でなにを食べたか、夕方に紗良となにを話したか。昼には、朝には――そんなふうに少しずつ巻き戻りながら、記憶が消えていく。
目が覚めて記憶が消えていると感じる時と同じで、胸にぽっかりと穴が空いた感覚だけが残る。一気に消えるのではないから、余計に少しずつ記憶が消えていっているという恐怖と焦燥感が夜刀を襲っていた。
「夜刀さん、どうしましたか?」
「き、記憶が、消えていくんだ……」
即座に駆けつけた立花の声かけに、夜刀はそれしか言えない。
立花は顔を歪ませたが、すぐに切り替えたのか夜刀に質問をした。
「落ち着いて。昨日、夜間になにがあったか覚えていますか?」
「じ……いや、なんだったか……紗良と……」
話している間にも、また少し消えた気がする。
せっかく紗良のおかげで残った記憶が消えてしまう。紗良と過ごした思い出が――。
(嫌だ……消えないでくれ……!)
痛みよりもそっちの方がつらくて、夜刀は頭を押さえた。
立花は逡巡する間もなく、手近な隊員に声をかけた。
「……今すぐ黒須家に使いをやって、紗良さんを連れてきてください!」
立花の指示を受けて急いで走り去る誰かの足音が響いていた。
