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 「黒須隊長、おはようございます!」

 夜刀は早朝の妖魔討伐隊本拠地で、すでに来ていた新人の部下から挨拶をされた。

 「(うす)()か。おはよう。随分早いんだな」

 「ええ。地震があったので心配になったものですから。黒須隊長に名前を覚えていただけて嬉しいッス!」

 ついこないだまで学生だったせいか、どこかあどけない雰囲気が残った臼井は、夜刀に名前を呼ばれ頬を紅潮させて喜んでいる。実力はまだ伴っていないが熱意があり、夜刀も好ましさを感じる。

 「それで、地震での影響はありそうか?」

 「はい、結界に異常が出たという連絡はありませんでした!」

 「そうか」

 昨晩の地震で危惧していたのは結界に異常が出ることだったが、幸い問題は出なかった様子だ。しかし、妖魔が湧いてくる禍山が震源地だったようで、あちこちに崖崩れが起きているという報告は来ている。

 「一応、調査隊を出した方がいいだろうな」

 地震で地形の変化があると、なにか影響が出てくるかもしれない。

 禍山への調査隊自体は定期的に出しているし、結界内に入るといっても、あまり奥まで行かなければさほど危険ではない。熱意のある臼井を調査隊のメンバーに入れて、経験を積ませるのもいいかもしれない。

 調査の如何(いかん)によっては、大規模討伐の予定を組む必要もあるだろう。

 これまで夜刀は記憶がリセットされていたため、こういう毎日見ていないと判断できない部分は三枝に任せきりにしていた。しかし紗良のおかげで新しい道が広がった気がする。

 今日は調査隊の編成、そして会議の予定もある。早めに出てきたが、残業になりそうだ。

 (紗良に寂しい思いをさせてしまうな)

 次の休みには埋め合わせをしよう。三枝には紗良と同じ年頃の妹がいるから、女の子がどういう場所を喜ぶか、わかるかもしれない。後で聞いてみようか。

 こういうことが考えられるようになったのは夜刀にとって大きい。

 付き合いの長い三枝には、夜刀がなにを考えているのかお見通しらしい。機嫌のいい夜刀を見て微笑んでいる。

 「夜刀、よかったな」

 「……三枝。今は仕事中だ」

 「申し訳ありません、黒須隊長」

 三枝はビシッと敬礼をした。

 まったく、と呆れながらも夜刀は唇を緩ませる。

 しかし、彼が夜刀をずっと心配してくれていたのはわかっている。

 毎日記憶がリセットされる夜刀が隊長としての仕事ができていたのは、ずっと三枝が支えていてくれたからだ。毎朝、記憶のない夜刀に同じ内容を説明し、スケジュールの管理もし続けた彼には感謝しかない。

 「今日は忙しくなりそうですね」

 「そうだな」

 夜刀は次々に上がってくる書類に目を通しながら、三枝に相槌(あいづち)を打った。