氷の花嫁~笑顔を失った能面の少女が幸せになるまで~

 それから一週間ほど経ったが、すべてが順調に進んでいた。特に、夜刀は目に見えて精力的に動いている。

 「昨日のことを覚えていると仕事が(はかど)るんだ。前日の確認をする時間が減るし、それに部下の名前も覚えられる。新人の部下の名前を呼んだらすごく喜ばれたんだ。さすがに毎日覚え直しはできなかったから……それに、三枝に任せきりだった仕事も自分でできる」

 嬉しそうな夜刀を見ていると、紗良まで嬉しくなる。

 「紗良ちゃんのおかげよ」

 いつも明るい万智も目に涙を浮かべて喜んでいた。

 「あの子は昔から泣き言ひとつ言わなくて、ずっと心配していたの……」

 万智から、夜刀の父の話を少しだけ聞いた。

 夜刀の父は妖魔討伐で(ひん)()の重症を負い、夜刀は心の準備をする暇がなく急に継承することになったそうだ。夜刀も万智もどれだけつらかっただろうと、もらい泣きしてしまいそうだった。

 「次の休みには一緒に出かけようか」

 記憶があるからそんな約束も気軽にできるようになった。その一方で、夜、寝る前に日記を書く習慣は変わらない。

 「いつか継承する時のためにって、子供の頃から日記を書くのは習慣づけられているんだ。どうしても書かないと落ち着かないな」

 夜刀はそう言いながらペンを走らせる。

 「父もずっと日記を書いていたそうだから」

 「毎日だと日記帳もたくさんになってしまうんでしょうね」

 「ああ。敷地内に代々の当主の日記が納められている蔵がある。父の日記もいつか読み返したいと思っているんだが、俺も母もまだ踏んぎりがつかない」

 紗良にもその気持ちはわかる。記憶から欠けてしまった両親の情報も、探そうと思えばなにかしら見つかるかもしれないが、まだその一歩が踏み出せない。

 「そういえば、夜刀さんのお父様はいつ頃亡くなられたのでしょう」

 詳しい話は聞いていなかった気がする。

 「それは――」

 夜刀がそう言いかけた時、グラグラッと激しい地震が起こった。

 「きゃっ」

 よろけた紗良を夜刀は抱きしめる。

 大きい地震だったが、揺れはすぐに収まったようだった。

 「すごい揺れでしたね……」

 「地震で結界に異常がないといいんだが。一応、明日は朝早くに討伐隊本拠地に向かうことにするよ」

 夜刀は急いで日記を書き終えると、ペンを置いてそう言った。